天地学園では生徒は全員、学園敷地内の寮に入って生活している。部屋は基本的に二人相部屋だったが、桃香の同室になるはずだった相手は入学式の今日、姿を見せなかった。入寮手続きの時に聞いた話では何やら病気がかなり重いとかで、入学初日から休学扱いなのだそうだ。 誰とでも割りとすぐにうちとける桃香は同室になる相手と会うのも楽しみにしていたのだが、病気とあっては仕方がない。 それより今は…… 夜になり自室のベッドに横になった桃香は、二年近く前のある夏のことを思い出していた。 * その夏、桃香はりおなから来年天地学園の入学試験を受けるつもりだと聞かされた。しかも一般の生徒が受ける試験ではなく、剣技特待生になるための試験を受けるという。この話をりおなの口から聞いた時、正直言って驚いた。 確かにりおなは穏やかそうな(ボケッとしてるだけなんじゃとは言ってはいけない)外見からは想像もつかないほどに、剣の腕は確かだった。しかし天地学園での星獲りといえば、スポーツとしての剣道とは全く違うものだと聞いている。はっきり言って、物騒らしい。怪我人続出、消費される薬や包帯の需要を当てこんで売り込みに来る医薬品業者らはあまりに多く、毎年年度末には次の年の受注権をかけて学園の地下闘技場(あるんかそんなん)でバトルロイヤルを秘密裏に開催しているらしい、そんな「アホやが」と言いたくなるような噂まで流れているほどだった。 あの優しいりおながそんな激しい所に行きたいと思っていたなんて、かなり意外だった。りおなは時々こうやって突拍子もないことを言い出して、桃香を驚かせる。 「そんなキツそうなところに入って大丈夫なん、りお姉?」 「平気平気。それに合格する前から入った後の心配をしても、しょうがないでしょう?」 りおなはひたすらに前向きだった。心配な気持ちはまだ少し残っていたが、ともあれ桃香はりおなに協力することにした。きちんとした目標を持っているのは羨ましかったし、何より自分も大好きな剣道をりおなが今後も続けるつもりだと分かって嬉しかった。 それからりおなとの稽古の時間を増やし、冬になる頃には桃香も天地学園についてかなり詳しくなっていた。 「天地って剣道が強かったり勉強がえらいできるだけじゃ、合格できへんって話じゃね」 「そうらしいのよね」 他人事のようにのんきに答えるりおなに苦笑しながら、桃香は考えた。 では一体、他の何が必要なんだろう。 (やっぱりやる気、とかじゃろか) そう桃香が考えを巡らす中、試験の日はやってきた。 「私より、桃ちゃんのほうが緊張しているんじゃない?」 笑われながら、桃香はりおなを送り出した。りおなのことが気になってその日は一日中そわそわしたが、試験を終えて帰ってきたりおなはさっぱりとした笑顔を見せていて、この様子ならきっと試験も上手くいったに違いないと桃香は安心した。 そんな桃香の確信を裏付けるように、ほどなくしてりおなの元に天地学園からの合格通知が届けられた。りおなの何が天地という学園にアピールしたのかは知る由もなかったが、ともかく無事に合格を果たしたのだ。 「桃ちゃん、一足先に天地学園で待ってるからね」 「ウチも来年必ず合格するけん、待っとって、りお姉! そんで、二人で組もう!」 りおなの稽古に付き合いながら天地学園のことを色々詳しく聞いているうちに、桃香はいつしか「自分も天地に入りたい」と思うようになっていた。 星獲り。 天地学園で行なわれるそれの頂点を極めた者は、どんな願いも叶えられるという。 金、権力、名声……桃香はそれらにはさほど興味はなかったが、それでも剣を極めた先に何があるのか、それが見つけられるというのなら天地学園に入りたいと思った。道場で修業するだけでも十分満たされてはいたが、その先へと続く道しるべを天地学園という場所に見つけたような気もした。もしかしたら天地のことを知った時のりおなも、同じような気持ちだったのかもしれない。 そうして季節は春を迎え、桃香より一つ年上のりおなは先に卒業し、天地学園の門をくぐり寮での生活に入っていった。 その日から桃香は自分もりおなの後に続くべく、いっそう激しい稽古を開始したのだ。 |
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