何もできないまま、入学から二ヶ月近くが過ぎ去った。 もうすぐ梅雨時なのか、湿気を帯び始めた空気は時おりじめじめと肌にまとわりついてくる。 この頃になると新入生の中でも刃友を持たない生徒の数は激減していた。 同じクラスで、気の合った者。 何かのきっかけで知り合った先輩と後輩。 二人肩を並べて星獲りに挑んでいく生徒たちを、桃香は複雑な気分で眺めているしかなかった。 単刃である桃香にも楔束の申し込みは何度かあったが、どれも考えるまでもなく断った。そうすることでりおなと刃友になれるわけではなかったが、かといって他に刃友を作ってしまったら道が断たれてしまうような気がして、どうしても動く気にはなれなかった。 そうしている間にも星獲りの仕合いは何度も行なわれ、その中で星を獲られないようにと隠れ回るのが日に日に上手くなっていく自分がいた。 * 夜、桃香は寮を抜け出して小道の奥の噴水まで歩いた。入学式の日の夜、りおなと二人で話した場所だ。 抜け道のような小さな場所にあるためか、それともこんな夜に出歩く生徒などこの学園にはいないのか、この場所は人気がなくて気に入っている。そして星獲りに参加できない生活を続けているうちに、ここで一人素振りをするのがいつの間にか桃香の習慣となっていた。 手には愛用の木刀がある。桃香が昔から使っていたものだ。 剣待生には特製の剣が支給されることは知っていたが、持ってきておいてよかった。星獲り戦以外では剣を抜いてはいけないことになっていたのだ。 一人で素振りをする時くらいは許されるのかもしれないが、何故かこの剣を抜く気にはなれなかった。 木刀を両手で構え、上から下へと一振りする。 びゅんと、空気を切る音が起こる。 『桃ちゃんは、いつも一生懸命ね』 二度、三度と素振りを繰り返していくうちに、昔道場で無心に素振りをしていた時に言われた声が脳裏に蘇った。 「りお姉だって、他の皆だって、一生懸命にやってるやん」 「そうだけど、桃ちゃんは誰よりもそれがストレートに出てる。なんだか見ていて清々しいわ」 「そう……かの?」 自分というものがあまりにストレートに出すぎるのは、勝負師としてはあまり良くないのではないか。そう思わなくもなかったが、不思議と悪い気はしなかった。それが自分の持ち味なのだと素直に思った。 桃香は素振りの腕を止めた。腕の筋肉は少し疲れはじめていたが、ここまで何回振ったのか忘れてしまった。どうも最近集中できない。 桃香は足元に落ちていた小枝を拾い上げ、何気ない手振りでぽんと上に放り上げた。 細長い小枝は上昇しながらくるくると回転し、すぐに頂点に達して落ちてくる。その軌跡を、ぼんやりと目で追う。 頭の高さにまで落ちてきた瞬間、桃香は木刀を振るった。 無駄な力は入っていない、軽い振り。 それでも的確な力が込められた剣の筋は、細い小枝をやすやすと二つに折った。二つに分かれた枝が地面に落ちて転がり、カラカラと音を立てる。しかしその軽い音に反して、桃香の心は重かった。 桃香は思う。 あれほど憧れ、入学を心待ちにしていたこの天地学園という場所で、こうして思いの乗らない剣を振るっている自分は一体なんなのだろう。 こんな切れ端を相手にするためにここに入学したわけじゃない。 せめて一度誰かと真剣に打ち合えれば、きっと無心になれる。 しかし今の自分は、誰かと剣を交えるどころか、剣を鞘から抜くことすら叶わない―― 楽に過ごせるなどとは思っていなかったが、まさか入学早々にこんなに悩む羽目になるなんて。 たくさん稽古をして、剣待生試験に合格すれば、それで全てが上手くいくと思っていた。りおなと刃友になれば、その後はどんなことだってできると思っていた。そしてその先に、新しい何かが見つかるのだと思っていた。 「ウチが能天気すぎたんじゃろか」 ぼんやりと、夜空を見上げる。 素振りをする気力さえ、もうどこかへ消えていた。 |
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