アイノカタチ
白楽天:作

■ 1章「始まり」2

「いらっしゃいませ、こんにちは。何になさいますか?」
トトト、と軽く早足で駆け寄ると佳奈はポケットからメモを取り出すとオーダーを促した。
「ん、じゃあ、アイスコーヒー。ミルクだけで砂糖はいらないよ」
「かしこまりました。以上でよろしいですか?」
「ああ」
佳奈はニコとやわらかく微笑みながらオーダーを聞くと、さらさらとメモに書きとめ厨房へと消えた。
(鼻筋は通っていて眼はぱっちり。まるでモデルだな)
(色白でラインは細め、胸は大体Cってとこか)
(さすがに若いな。尻も垂れずに小振りだから足の長さが映える)
(なかなか上玉かもしれないな、このコ)
気づかれぬように佳奈を値踏みしていた章介は、やはり調教師としての癖なのであろう、体のライン、相手に対する態度など調べ上げ、現段階でのちょっとした調査の結果にも気分を良くした。

「お待たせいたしました」
大して間もたたずに佳奈がアイスコーヒーを運んでくる。カップを持つ手も同じ陶器でできているような白さだ。
カップとミルクの入った小さな陶器を章介の前に置くとニコッと微笑み、ごゆっくりどうぞ、と一歩下がって頭を下げる。
(さすがリツコさん。ちゃんと接客が叩き込まれてる)
「ありがとう」
章介は軽く会釈をするとミルクをカップに注ぎ、マドラーで混ぜ合わせる。
コーヒーの芳ばしい仄かな香りを嗅ぎながら、コーヒーの黒とミルクの白が混ざり合っていく様子をなんとなく眼で追う。
そこにリツコが戻ってきた。両手にはパスタの入った皿を3つ持っている。
「やっぱりコーヒーだけだったのね。どうせお昼食べてないんでしょ? ほら、どうぞ。」
「ああ、そんな気ぃ使ってくれなくていいんだよ、リツコさん」
「気使ってないわよ。これは私のおごり、賄いだから。ほら、佳奈ちゃんの分」
リツコは章介とその隣にそれぞれパスタを出し、佳奈に隠喩的に章介の隣に座るように促した。
「わぁ、おいしそう。ありがとうございます。でも、いいんですか? お店まだ営業中じゃ?」
佳奈は胸の前で手を合わせると眼をきらきらと輝かせて喜びを表現したが、仕事中であることを思い出し申し訳なさそうに上目遣いでリツコを窺う。
「いいわよ。この暑さだし、今日はもう締めちゃおっかと思うの」
「でも、私もっと働きたいんです」
すでにフォークを手に取りパスタに手をつけようとしていた章介は、その一言に手を止め佳奈の様子を見た。
「わかってるわ。もちろん今日の分は約束通りのお給料は払ってあげるから。安心して食べなさい」
リツコは佳奈が二の句を次ぐ前にそれを制し、パスタの皿とフォークを差し出す。
「……すみません」
佳奈はまた申し訳なさそうに頭を下げると、章介の隣に座り、フォークを受け取ると意を決してからゆっくり口に運んでいった。
(おそらく家の事情かなんかかな)
章介は適当な考えを巡らせてリツコを仰ぎ、声に出さずに“家?”と口だけ動かしてみた。
リツコは章介の考えが大方わかったのか、コクリと黙って頷いて返す。その表情は佳奈の身の上を本当に不憫だと心配しているようだった。

しかし少し経つとそこで章介の予想のしていない出来事が起きた。
佳奈がフォークを手から滑らせ、章介に寄りかかってきたのだ。
「おっと、どうしたんだい?」
すでにパスタを食べ終えていた章介はコーヒーを口にしていた。
コーヒーをこぼさぬように置き、よく見ると佳奈はすやすやと寝息を立てている。
なるほど、と合点がいった。
もともと小さな口で少しずつ口に運んでいたものがますますゆっくりになっていたのはこういうことか。

リツコが佳奈に睡眠薬を盛ったのだ。

「で、章ちゃん。どうするの? このコ、かなりの上玉だと思うけどな、私。今ならあなたにあげるわよ? 次の出品まだ決めてないんでしょ?」
まるで悪魔のような冷笑をたたえながらカウンター越しに佳奈の胸を弄る。
眼は獣のように爛々と輝き、“調教師リツコ”であることを主張していた。
「なんなら、佳奈ちゃん落とすの、手伝ってあげるわよ」
(なんて人だ)
さすがの章介も絶句した。
まさか自分の店のバイト店員を売るとは……
しかも最近入ったばかりの子のはずだ。
しかし、章介の答えは決まっていた。

「ありがとう、じゃあ今すぐにでも始めようか。」
章介は佳奈を抱きかかえて立ち上がると店の奥のスタッフルームの横を過ぎ、リツコの部屋へとリツコの後に従って行った。

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