アイノカタチ
白楽天:作

■ 2章「調教開始」2

「大丈夫かい?」
横を見ると自分を支えてくれている章介が佳奈の顔を覗き込んでいた。
心配そうだが、どこか嬉しそうな顔をしている気がする。
佳奈は「大丈夫です」と応えたかったのだが、それすらも今は気だるく感じて、柔らかく微笑むと小さく首を縦に振った。
「ちょっと疲れたかな?少し休むといい。」
章介は佳奈をゆっくりとベッドに横たわらせると、章介自身が佳奈から剥ぎ取ったシーツを佳奈にかけてやった。
優しく髪を撫で汗ばんだ額に張り付いた前髪をどかして額に口付けをする。
確かに疲れのようなものはあるが眠りに落ちるほどでもない、と佳奈は感じていたが、とりあえず章介の気遣いと身体の気だるさに素直に甘えて横になることにした。

(これが……大人の恋愛ってやつなのかな……)
(章介さん……優しくて大人っぽくて……こういうのも……悪くないのかも)
同級生の、キスやデート、誰が好き、などが主体の恋愛とはちょっと違った、男性と女性としての付き合い。
“いつか”と夢見た、異性と関係を持つこと。
章介が言ったとおり、同級生の中には既に経験済みの人もいるにはいるらしい。
そういう人や同級生と一緒に“そういう話”をしたこともあるけれど、あまり学校に行ってない自分には恋愛のきっかけすらなく、まだまだデートやキスですら無縁だと思っていた。
むしろ、欠席の多い自分にノートを見せてくれたり、一緒に昼食をとったりして、そういった恋愛話であるとかテレビドラマやアーティストの話をして盛り上がる友人達と一緒にいることのほうが佳奈には楽しかった。


既に身体を預けたのだ。きっとこの後はついに章介と身体を重ねることになるのだろう、と想像していた。
佳奈だって、どういうことをするのかはある程度は知っている。とはいえ、それは他者から聞いた情報であって自身が体験したことではないから不安であることには変わりはなかった。
まだ身体の“燻り”は残っている。
佳奈自身の知らぬうちに使われた媚薬パウダーの効果はまだ切れていない。
不安もある。だが、今の自分を支配する燻り、そして先ほどの愛撫で知った悦びと気だるさは、心のどこかで章介に抱かれることを期待させていた。
(こんなに早く…“この日”が来るなんて思ってなかったなぁ…)
(しかも相手は…ホントの大人だし……)
ぼんやりと、完全に働いているとはいえない脳で、同級生との会話を思い出しながら、自分の横に腰掛けている章介を見やる。
ふと、見られていることに気付いた章介と眼が合い、何故か無性に恥ずかしくなってシーツを引き上げ顔を隠す。
「ハハハ、どうしたんだい?」
「佳奈ちゃん、かわい〜〜」
その様子がどうにも滑稽だったらしく、章介とリツコの穏やかな微笑を誘う。
(そっか……さっきの…全部リツコさんにも見られちゃってたんだ……)
完全に忘れていたその事実が佳奈の羞恥心に更に拍車をかけて、ますます顔を出せなくなってしまった。

「じゃあ、俺はそろそろ帰るかな。昼飯も食ったし、可愛らしい彼女も手に入れたしね」
章介は、眼より上だけをシーツから覗かせている佳奈をからかう様に笑いかけるとスッと立ち上がった。
「あら」
「え?」
リツコの呟きと佳奈が驚きの声を出したのは同時だった。
「お、出てきた。」
驚いてシーツから顔を出した佳奈を再び章介は笑顔でからかう。
大した悪意のないそのからかいは、ちょっと嬉しいような、でも子供としてしか見られてなくて悲しいような、佳奈をそんな複雑な気分にさせた。
「もう帰っちゃうの?佳奈ちゃん置いて?」
「あぁ。明日中に終わらせなきゃいけない書類があって、今日中に終わらせたいんだ。」
仕方ないだろう、といった調子で章介は言うと、最後に、面倒だけど、と小声で付け足した。
「本当はさっきの続きもしたいんだけどね……佳奈は避妊もしなくちゃいけないだろうし、それにいきなり初日からってこともないだろ。佳奈だって、たとえリツコさんでも他の人のいる所では嫌だろう?」
さっきの続きという言葉が示すのはただ1つであり、隠喩的な物言いだが佳奈にも理解できた。
確かに避妊はしてほしいし、他の人の目の前でというのも気が引け、章介の心遣いは大変ありがたいものではある。
だが同時に、今日はお仕舞いと一方的に締めくくられたことが佳奈を寂しい気持ちにさせる。
(なんで……寂しいなんて思うんだろう……)
まるで餌を前にしてお預けを受けた犬のような気分だ、と不思議と感じざるを得なかった。
「今日は、俺も大人にもなって強引に始めてしまったが……」
章介は佳奈に背を向け部屋のドアへと歩きながら、言葉を選ぶようにゆっくりと話す。
「さっきは条件だなんて言って、混乱させたかもしれない。でも要は、佳奈が俺と付き合ってくれればいいんだ。援助のことは年上の彼氏からの心遣いって捉えてくれれば。」
章介はそこまで言うと振り返り、リツコに昼飯ありがとう、と小さくお礼を言って、再び佳奈を見た。

「それで……佳奈、明日一緒に出かけないか?」

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