アイノカタチ
白楽天:作

■ 2章「調教開始」6

湾岸線を通って横浜に向かう。
先ずは中華街で昼にしようという章介の提案で、少し離れたところに車を止め中華街へと歩いた。
昼は過ぎているのだが中華街は多くの人で溢れかえっている。
独特の装飾を施した建物や門。あちらこちらの露店から漂う匂い。
その全てが佳奈にとってはとても新鮮なもので、佳奈は完全に魅了されていた。
そのまま放っておけば、匂いや興味の湧いたものに惹かれてフラフラとどこかに行ってしまいそうなくらいに興奮している佳奈に苦笑しながら、章介は佳奈の手をとり目星をつけていた中華料理屋に入る。
料理屋に入ってからも興奮冷めやらぬといった状態の佳奈を見てまたも苦笑する章介に、佳奈も恥ずかしい様な拗ねた様な表情を見せた。

食事を済ませた後は少し遠回りをして港のほうまで足を伸ばしてから駐車場へ戻り、そこから車でみなとみらい方面へ戻り、クィーンズスクエア、ランドマークプラザ、ベイクォーターなどを回ってショッピングをする。
2人とも特に目当てのものがあったわけではなかったので、ただのんびりと色々な店を見て回った。
佳奈は、とあるアパレルショップのデザインがいたくお気に召したらしい。
色々な服を手に取るのだが買うことについてはまだ思いあぐねているようだったので、章介は気に入ったのがあるなら買ってあげると佳奈に告げて、自分もメンズのコーナーを物色し始めた。
佳奈も当初は買ってもらうことに戸惑いを覚えたのだが、俺のを買うついでだと思えばいい、という章介の半ば無理やりとも言える説得に押し切られ、ワンピースやブラウス、デニムなどを買ってもらい、章介はカジュアルシャツやポロシャツを購入した。
結局甘えてしまう自分を情けなく思いつつ、会計を済ませた章介の差し出す手を取って、数度目になるお礼の言葉を述べる。
そのまま繋いだ手を引かれるように、気にするなと同じく数度目のその言葉を口にする章介に従って、夕食を取るためレストランへと向かった。


腕時計の針はもうじき9時半を指そうかという頃。
「いろいろ買ってもらっちゃって……ありがとうございました。」
そろそろ帰ろうとレストランを後にして、車に乗り込むと佳奈が再び申し訳なさそうに切り出した。
「そんなこと気にしなくていいよ。欲しいもの買えてよかったじゃないか。」
章介が微笑むと佳奈も釣られて笑顔になる。
車はゆっくりと加速していき、駐車場を後にした。
佳奈は窓から見える横浜の夜景をただウットリと眺める。今日の楽しかったことを1つ1つ思い出し、その1つ1つに重なるように前方から後方へと流れ去っていく明かりたち。
やがて横からは何も見えなくなると、サイドミラーに写るだんだん小さくなっていく横浜の町を佳奈は名残惜しそうに見つめた。

「佳奈?」
眼を閉じてぼんやりとしていた所に、章介の声がかかり現実に引き戻される。
うつらうつらと夢の世界に足を踏み入れかけていたらしい。
「はい?」
「疲れた?寝てて構わないよ。」
たとえ疲れていないと答えても章介には無駄だろう。
章介なら見破る。佳奈はそんな気がしていた。
事実、佳奈の返答に関わらず初めから寝ていいと言っているのがその証拠だろう。
「……ちょっとだけ。」
疲れてないといえば嘘になるが実際そこまで疲れてはいない。
確かに、自分でもはしゃぎすぎた気はしているが、何よりもこの車のもたらす心地よい揺れが、疲れの如何に関わらず睡魔を絶えず呼び続けている気がしてならなかった。
「そっか…」
章介は少しだけ口の端を上げて笑ってから言葉を続ける。
「…この後、俺の部屋に来ないか?」
どういうわけか、佳奈自身も不思議に感じるほどに、章介の言葉に対して驚きはなかった。
(部屋に行くってことは……やっぱり“昨日の続き”かな……?)
悠長にそんなことを考えられる私の脳のほうが驚きかも、とついつい思ってしまう。
「はい……」
声も震えることなく、自分の意思に従ってその思いを綴る。
(私、章介さんに抱かれること期待してるんだ……)
そう思うと身体が少し熱くなり、下腹部の奥底で子宮がキュンとなるのがわかった。
「私……」
自分の膝辺りを見るように俯いていた顔を上げ章介の横顔を見る。
身長の差からどうしても上目遣い気味になってしまいながらも、ゆっくりと声に出す。
大きな声ではなかったが、静まり返った車内にはしっかりと響いて章介の耳に届いた。
「章介さんなら……」
そう呟きながら、運転の邪魔をしないように、佳奈は自ら唇を章介の頬へ触れさせた。

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