亜樹と亜美
木暮香瑠:作

■ 出会い系サイトの罠6

《 レイプされてもいいよ。つまらないの。めちゃくちゃにされたいの。めちゃくちゃにして…… 》

 メールを打つ手が震える。しかし、携帯の画面には、綺麗な整った文字が並んでいく。亜樹の心の乱れなんか読み取れない。

《 レイプごっこだから、わたしも思いっきり嫌がるからね……。そのほうがいいでしょ。あなたも、思いっきりレイプして。めちゃくちゃにして……。服も、もういらない服着ていくから、破いてもかまわないよ。何をされてもかまわない、安全日だから。志野川神社で九時に待ってる 》

 亜樹が指定した志野川神社は、家に程近い裏山にある。子供の頃よく遊んだところだ。しかし最近では、そこで遊ぶ子供たちを見ることはなくなっていた。森に囲まれた境内は、祭りの日でもない限り人が訪れることも無い。住宅街と神社のある森の間には幹線道路があり、悲鳴を上げても声は車の音に掻き消されるだろう。レイプごっこには、最適の場所と思われた。

 亜樹は、携帯で自分の顔を撮影しメールに添付した。

《 他の人と間違えたら犯罪になっちゃうね。顔写真も送っておくね…… 》

 メールを送信したあと亜樹は、昂ぶった気持ちを押さえるように、ふうっと大きな溜息を尽いた。

 最後のメールを送った後、亜樹は外出した。出かけ際に、母親の声がする。
「亜樹、もうすぐ夕食よ。食べないの?」
 亜樹は、答えることなく夕闇の中、出ていく。
「もう……、返事くらいしなさい」
 亜樹の背中に小さく母の声が聞こえたが、振り返ることもしないで出かけた。

 少し歩けば繁華街に出る。すでに日は落ち、群青色の空を西の方だけ茜に染めていたが、街はネオンや商店街の看板の明かりで昼間のようだ。ゲームセンターや人込みの雑踏がうるさく響いている。しかし、亜樹には静寂の中を歩いているように感じた。これから遭遇する危険な遊びが、亜樹に多大な緊張感を与えていた。

 緊張感から逃れようと、いつもの遊び場所である繁華街をぶらぶらと歩いた。しかし、何にも興味を惹くものが無く、虚ろな視線のままただ歩くだけだった。どのくらい時間が経っただろう。携帯に目をやると、画面にはデジタル表示で八時を示している。ここから志野川神社まで、歩いてちょうど三十分である。自宅からなら、志野川神社まで十五分もかからない。

 亜樹は、少し早いが待ち合せ場所の志野川神社に向かって歩き出した。ほどなく、住宅街と志野川神社のある森を分ける幹線道路を渡る。大きな鳥居の前から、ふと夜空を見上げると雲ひとつ無い空に満月が浮かんでいた。静寂の森が、群青色の空に黒く佇んでいる。その真中を二つに割るかのように参道が森の中に続き、その先には境内がぽっかりと白く浮かび上がっていた。

 亜樹は参道に入り、鳥居の影から人目を避けるようにして携帯を取り出した。八時三十分……。時間を確認し、亜美の携帯にメールを送った。

《 亜美、相談したいことがあるの。九時に志野川神社まで来て……。秘密の相談だから、誰にも言わずに来て……。亜樹 》

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