亜樹と亜美
木暮香瑠:作

■ 亜美・二十歳1

「亜美ちゃん、これコピーとってくれるかな。各5部、お願い」
「はい、判りました。矢島さん、少し失礼します」
 上司の依頼に亜美は、軽やかな返事を返す。亜美は資料作成の作業をいったん中断し課長から資料を受け取ると、軽やかにコピー機のある所へ歩いていった。

「今年の新人の中では亜美ちゃんが一番だな」
「今年だけじゃなく、この会社の中で一番じゃないか?」
「そうだな」
 亜美が書類を持ってコピー機に向かう後姿を見て、男性社員たちが色めき立つ。亜美が入社してきて2ヶ月がたった今でも、その熱は冷めていない。

 小さな顔にクリッとした大きな瞳の笑顔、背中まで伸びたさらさらの黒髪、職場の制服の胸を押し上げるバスト、括れた腰、タイトスカートからすらりと伸びた脚、全てが男達の注目を浴びた。でも、注目されるのはそれだけではない。素直な性格、厭味の無い物言い、そして短大を卒業したばかりの初々しさは、職場の男性達から好感を持って受け入れられた。



「亜美ちゃん、大変だっただろ。あの資料、5部って言っても1部30枚くらいあっただろ。」
 コピーを終え席に帰ってきた亜美に、隣の席の先輩社員の矢島龍一が声を掛ける。
「はい。でも、これも仕事ですから」
 亜美はいやな顔もせず、軽やかに答える。矢島は亜美の教育担当を任されている。新入社員の面倒を一年間任されているのだ。会社内で浮いた噂が一つも無く、女性新入社員の傍においていても人畜無害だと上司に判断されたみたいだ。

「矢島さん。ここ、どうすればいいんですか?」
 亜美は、隣の席の先輩社員の矢島龍一に資料を手に質問する。
「えっ、どこ? ここか……、ここはね、こうして……」
 矢島は、パソコンの画面と資料を交互に見ながら亜美に作業の流れを説明する。これも教育担当としての仕事だ。作業の流れから業務で使うパソコンソフトの操作方法、教えることは色々ある。自分の業務もあり、新人の面倒を見ることは厄介なことだが、相手が亜美となれば話は別である。矢島は自分が亜美の教育担当に選ばれた幸運を喜んだ。職場のみんなが目をつける美人新入社員と、何の気兼ねも無く接しられ、一番近い立場にいられるのだから……。
「ところで来月の親睦旅行、どんな感じなんですか?」
 亜美が矢島に訊ねた。新入社員の亜美にとって、一番の関心ごとみたいだ、初めての会社行事である7月の梅雨明け時に行われる部の親睦旅行が……。

「一応、部の親睦と新入社員が早く会社に馴染めるようにって名目だけどね。まあ、美味しいもん食べて酒飲んで、酔っ払った振りして愚痴を吐き出す場だけどね。部長は会社の愚痴を、課長は部長への愚痴を、一般社員は課長への愚痴を……、もちろん上司がいない時にね。亜美ちゃんも行くんだろ?」
「はい!」
 上司の愚痴を聞くだけの親睦という名の社員旅行、それも亜美が参加するとなると話は別である。特に独身社員達は、いつもは義務みたいなもので参加しているが今回ばかりは違っていた。

「ところで亜美ちゃんはお酒、大丈夫なの?」

「お酒は嫌いじゃないんですが、あまり強くないです。一杯飲んだら顔が真っ赤になって、二杯目には笑い上戸になって、三杯目には泣き上戸になって寝てしまう。友達には、あなたのお酒、一番厄介だって言われます」
 亜美はあっけらかんとして自分の弱点を矢島に話した。
「大丈夫? それってほんとヤバイよ。男はみんな狼だからね」
「だから男の人とはお酒、飲まないようにしてます。でも、今回は矢島さんがいるから大丈夫でしょ?」
 亜美の言葉に矢島は『好感を持たれている?』と嬉しくなった。

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