亜樹と亜美
木暮香瑠:作

■ 亜美・二十歳2

「仕事終わったら、食事に行こうか?」
 矢島は思い切って亜美を誘ってみた。さっき、好感を持っていると感じた自分の直感が正しいのか確かめたくなったのだ。

「矢島さんの奢りですか?」
 少女のように瞳を輝かせ亜美が矢島の顔を覗きこむ。
「も、もちろん。どう?」
 亜美に見詰められ矢島は、
「いいですよ。直美先輩も一緒にいいですか?」
 亜美は、この課で唯一の女性の先輩である田中直美の誘った。直美は歳は離れているが亜美と地元が一緒ということで、なにかと仲良くしている。また直美は、課長と不倫中だという噂があり、社内の男性達とは距離を置いている。二人っきりでの食事は果たせなかったが、矢島にはそれで十分だった。亜美を狙っている男性社員の中で一歩抜きん出ることが出来た気がした。

 お洒落なレストランで食事をする三人。亜美はその雰囲気に喜んで、しきりにその店に連れて来てくれた矢島に感謝をしていた。実は、この店を決めたのは直美だった。亜美の希望で直美を誘った時、女の子好みで料金も安い店を紹介してもらったのだ。

 食事も終わり、最後のデザートとコーヒーを飲みながら会話が弾んだ。
「僕なんか5人兄弟の真ん中だからさ、虐げられて育ったからさ。今時、5人兄弟なんてありえる?」
 いつもは会社関係か仕事の話しかしない矢島が饒舌に喋るのを、直美は覚めた目で眺めている。
「亜美ちゃんって、兄弟いるの?」
 矢島は亜美に話を振る。
「……、一人っ子です」
 矢島の質問に、亜美の答えは少し遅れて返った。舞い上がっている矢島は、亜美の表情が一瞬曇ったことも気付かず話を続けた。
「いいよね、じゃあ両親の愛情も独り占めで育ったんだ。だから素直に育ったんだろね」
「えっ? ええ……」
 亜美は困ったように曖昧な答を返した・



 食事も終わり、矢島達は帰路に着いた。亜美たちが食事代を払うというのも断り、一人大満足に浸っている矢島は上機嫌で三人分を払い、帰る方向が同じ直美に亜美を送ってくれるように大げさに頼んで帰って行った。
「亜美ちゃん、矢島さんのこと、気に入った?」
 帰りの電車の中、直美は亜美をからかうように訊ねる。
「そ、そんなこと……」
 亜美は顔を真っ赤に染めた。
「優しいしね、彼。真面目すぎるくらい真面目だし。初めて付き合うにはちょうど良いかな。私にはちょっと面白味に欠けるけど」
 そう言って直美は食事中の会話を思い出した。亜美が一人っ子だといったことを……。その時の違和感を訊ねた。
「あっ、そうそう。亜美ちゃん、妹さんがいなかった? 確か双子の……?」
 亜美は、地元では美少女双子姉妹と有名だったと記憶している。直美が高校の時、地元の中学に美少女姉妹がいると高校でも男子の間で噂だった。
「うん、でも、もう二年以上経ってるから……。亜樹が家出してから……」
「あっ、そうだったね……」
 直美ももう一つの噂を思い出した。高校を卒業とともに、美少女双子姉妹の片方が家出したって言う噂を……。
「今も連絡が無いの?」
「ええ……」
 亜美は俯いたまま電車の揺れに身を任せた。

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