亜樹と亜美
木暮香瑠:作

■ 亜美・二十歳3

 亜美と一緒に食事をした幸運にもう暫く浸っていたい矢島は、一人っきりのアパートに帰る気になれなかった。せっかく幸運な時間を過ごせたのに、昂ぶった気持ちのまま一人アパートで過ごすのは寂しすぎる。矢島は、近くに住んでいる大学時代からの友人・吉川亮太のアパートに来ていた。大学時代の友人がどんどん結婚していく中、二人は未だ独身で、訪問するのに気兼ねが無いからだ。

「最近どうよ」
「まあまあだな」
 矢島の返事は、いつもの声より明らかに機嫌が良かった。
「まあまあか。いいことあったのか? 最近。お前慎重だからな。まあまあってことは良い事あったんだろ?」
「ねえよ」
「そういやあ、新入社員の教育担当になったって言ってたよな、女子社員の……。どうなんだ? 美人だったのか?」
「普通の娘だよ、普通の……」
 上機嫌の原因を悟られたのが恥ずかしく、矢島は話を濁す。
「そうか。じゃあ、給料が上がったとか」
「ねえよ。それこそ、お前はどうなの」
「相変わらずだな」
 二人で胡坐をかきコーヒーを飲みながらどうでもいい話が進んでいく。

 テレビの横の棚に目を向けると、大量のDVDが詰められている。それら全てがAVのDVDだ。AV鑑賞は、大学時代から、いや、高校時代から亮太の趣味である。矢島が亮太と知り合いになった時には、亮太の部屋には大量のAVのDVDがあった。
「亮太、まだこんなもん見てるのか……」
 龍一は本棚に並んだDVDのパッケージを数本、手に取った。
「気に入ったのがあったら貸すぞ」
 借りるつもりは無いが、最近の亮太の女の子の趣味はどんなものかと目を通す。AVの出演女優を見れば、亮太の女性の趣味は良く判る。どんな娘のAVがあるのか、パッケージに目を通していく。三本目を見た時だった。龍一の目がそのパッケージに釘付けになり、視線を離すことが出来なくなった。

 何秒間、そのパッケージを見詰めていただろう。
「それが気に入ったのか? どれどれ?」
 凍りついたようにそのパッケージを見詰める矢島は、亮太の声に我に返った。亮太は、矢島の持っているDVDを手に取り内容を確認する。
「これ、中々の上物だぞ。かわいい娘だろ、内容も結構ハードで抜けるぞ」
 亮太はお気に入りの一枚だと言わんばかりに、パッケージを見ながら顔を緩ませた。
「貸すぞ、持って帰るか? ほれっ」
 亮太は、そのDVDを矢島に渡した。
「おれ……帰るわ」
「オイオイ、そんなにそのAV、早く観たいのか?」
「悪い。用事があるのを忘れてた。また今度な」
 矢島は、受け取ったDVDをカバンに入れるとそそくさと帰っていった。



 矢島は、家に着くと早速DVDをデッキに入れた。

 パッケージに穴が開くほど見つめ、記憶に中の亜美とパッケージに映っている少女を見比べた。パッケージには、どこかの高校の制服を模したブレザーにミニスカートの少女が写っている。肩までの茶髪に大きな瞳を輝かせている少女が……。そしてその少女の周りに、『美少女処女○校生』『レイプ』『調教』『フェラ』『亀甲縛り』……と刺激的な言葉が並んでいる。
「似てる……、似すぎてる、この娘……。亜美ちゃん?」
 パッケージに写っている少女の顔があまりにも亜美に似ていた。高校生風のブレザー、ブラウンに染めた髪は、少女を今時の女子高生風に見せている。今の亜美の黒髪とOL風のファッションとの違いはあるが、カメラに向けられている笑顔は、高校生の亜美そのもののように見えた。

 パッケージの裏にかかれてる製造日を確認する。製造日は約二年前だ。
(二年前ということは亜美ちゃんが短大の一年の時か……)
 表紙には『美少女処女○校生』と書かれているが、AVで歳を誤魔化しているのは当たり前だろう。裏側には、表より刺激的な写真が所狭しと写っている。淫らに口を開けた顔に白濁液が降り注いでいる写真、男の手に揉みしだかれる巨乳、モザイクが掛かった秘所に突き刺さる肉棒……。

 髪の毛の色が違う、長さが違う。しかしそれらは、この娘が亜美ではない確証にはならなかった。2年の歳月があれば、髪だって20cm以上は伸びる。色だって染め直せばどうにでもなる。
(どこか違うところは無いのか!?)
 矢島は、映し出されているはずのテレビ画面に目を移す。しかしそこには何も映っていない。テレビの電源を入れることも忘れていたのだ。それほど慌てていた。亜美でないことを願っていた。
 矢島は急いでリモコンの赤いボタンを押した。

 その内容はかなりハードなものだった。高校の制服と思しきブレザー姿で男達にレイプされるシーン、ブレザーが脱がされブラウスがボロボロに引きちぎられていく。そして全身に縄を掛けられ吊り上げられた少女を男達が犯しつくす。場面は変わり、調教された少女が男根を咥え男に奉仕する。下からは別の男に秘裂を突かれながら……。どんな男でも肉棒を勃起させそうなシーンが続くが、矢島はパンツの中のそれを勃たせることは無かった。
(違うよな……。亜美ちゃんがこんなことする別けない……)
 必死になって違うという確信を探す。しかし大きなバスト。キュッと締まったウエスト、時折映し出される笑顔も声も、亜美と違うという確信はもてなかった。それどころか、亜美に間違いないという疑惑が増すばかりだった。スピーカーから流れる喘ぎ声でさえ、聞いたことの無い亜美のものと思えて来る。矢島は、そのAVの出演女優が亜美でない証拠を探した。それと同時に妄想が思考を邪魔する。亜美ちゃんとこんなことが出来たら……。
(イカン、イカン……)
 矢島は目を瞑り顔を横に振る。
(違う、絶対……。亜美ちゃんがこんなことする娘の別け無い! ……)
 重苦しい空気の中、テレビから流れる喘ぎ声だけが響いていた。

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