亜樹と亜美
木暮香瑠:作

■ 亜美・二十歳4

 翌日、会社に出勤しても頭の中はあのDVDのことで占められていた。
「矢島さん、どうしたんですか?」
 亜美が矢島の顔を覗きこみ、不思議な顔をしている。
「イヤッ、なんでもないよ。どうかした?」
 矢島は、DVDのことを考えていることを悟られまいと、勤めて平静を装う。
「そうですか? 今日、なんか元気無いみたいですよ。身体の調子でも悪いんじゃないかと思って……」
「どこも悪くないよ。気のせいだよ」
 矢島は、亜美のことが気になっているとは言えなかった。今も、カバンの中にはあのAVのDVDが入っている。どうしても気になって家に置きっぱなしには出来なかった。しかし、カバンからDVDのパッケージを見せ、これに出てるのは君? と聞く勇気も無く、聞くことが恐かった。もし、出演してるのが亜美だったら、これからどう接したらいいのか判らない。矢島は亜美の顔を見ることが出来なかった。
「でも、なんか元気ないですよ。早く元気出してくださいね」
 亜美は矢島を元気付かるように笑顔を見せた。
「ははっ、亜美ちゃんの笑顔を見たら元気が出たよ。さあ、仕事仕事っ!」
(こんないい娘があんなAVに出るわけ無い! きっと何かの間違いだよ)
 矢島は、思いっきりの作り笑顔を返した。



 一日の仕事も終わり、矢島は同僚の小宮、岡村と夕食を兼ね居酒屋で呑んでいた。矢島にとってはどうでもいい話が続く。芸能界のゴシック話や政治家の悪口、上司の悪口などを話していたが、最後には社内の女性達の話になる。あの娘は自分達に接する態度が悪いから嫌われてるらしいだとか、あの娘はすぐヤらせてくれるらしいとか、何の証拠もない噂話だ。社内の女の子の話しになると、話はどんどん盛り上がっていく。

 矢島は、心の奥のモヤモヤを何とか晴らしたくて、社内の女の子の話が盛り上がったところでDVDのパッケージをみんなに見せた。
「これ、結構似てると思わない?」
「ウソぉーー、この娘、亜美ちゃんじゃん」
「本当だ、亜美ちゃんだ! AVに出てたのか? あの清楚な亜美ちゃんが……」
 誰に似ているか、あえて名前を言わずにDVDのパッケージを見せたのに、二人とも亜美のAVだと決め付けた。
「違うだろ。だって髪の長さだって、色だって……。亜美ちゃんほど可愛くはないよ……」
 矢島は、みんなが同意し亜美と違うといってくれるのを望んだ。亜美との違うところ見つけてくれることを……。
 しかし矢島の目論見とは違った会話が繰り広げられる。

「そんなに亜美ちゃんに似てる? 亜美ちゃんのほうが可愛いと思うけどなあ……」
「何言ってんだ、矢島! 亜美ちゃんに間違いない。髪だって染め直せばいいだけだし、二年もすれば今の亜美ちゃんと同じくらいの長さになるし黒髪にだって戻るし……」
 矢島が否定しても、矢島の意見が間違ってるとばかりに話は進んでいく。
「この笑顔、亜美ちゃんそのものじゃん。目だって、鼻も口も……。髪の毛以外そのものじゃん」
「会社じゃあ、猫被ってたのか」
「亜美ちゃんのブリッコ、巧いねえ。本物のお嬢さんに見えるもんナ。Hなんて知らないって感じだもんナ、会社じゃあ……」
「これって、言えばやらせてくれるんじゃない? 亜美ちゃん……」
「そうだよな。AVの出演してるくらいだからセックスにも抵抗無いんだろうし、ひょっとしてヤリマンかもよ」
「金出せばいいよって言われるかもよ。ハハハッ……」
 小宮と岡村は、矢島の憂鬱とは関係無しに盛り上がっている。
「その時は犯っちゃう? 犯られても文句は言わないだろ。なにせAVに出てたことが会社にばれたら困るのは彼女の方だろ」
 話は矢島の思惑とは別にどんどん進んでいく。

「今度の社内旅行がチャンスだな。酔った勢いで犯っちゃおうぜ」
 小宮はマジな顔で提案した。
「酒に少し睡眠薬を混ぜておけば、すぐ酔いつぶれるぜ。矢島、介抱する振りをして俺達の部屋に連れ込めよ」
「お前なら、疑われないって。安全パイの矢島なら……」
 岡村もその話に同調する。
「そしたら遅れて俺達が合流して、後は犯り放題ってか?」
「遣り放題だよな。抵抗しようとしたら、このDVD見せればいいんだよ。そうしたら抵抗も出来ないだろ。こんなに確かな証拠もないからな」
「でも、直美と同室だろ、亜美ちゃん……」
「直美なら大丈夫だって、きっと課長の部屋に行くから。去年もそうだっただろ。まだ続いてるらしいぜ、あの二人……。奥さんの目も届かないし、何気兼ねなく同じホテルに泊まれるんだぜ、こんなチャンスを二人が見逃すわけないだろ」」
 直美にばれると言いたかった矢島の言葉は、あっさりと無視された。

「大丈夫だって、だれにも言えるわけ無いだろ。言って困るのは亜美ちゃんのほうだから」
「矢島、協力してくれ。お前だって亜美ちゃんと犯りたいだろ? 一番に犯らせてやるから」
 結局、矢島はDVDの少女が亜美でないことを証明する決定的な理由を説明することは出来ずに、小宮と岡村の計画を止めることも出来なかった。

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