亜樹と亜美
木暮香瑠:作

■ 亜美・二十歳5

 梅雨も明け、計画の当日が訪れた。

 計画では、宴会で亜美のお酒の中に睡眠導入薬を混ぜ飲ませ、眠ったところを介抱する振りをして矢島が、小宮、岡村、矢島の三人の部屋に連れ込む。その為に、小宮は宴会の幹事を申し出て、三人が同じ部屋になるように部屋割りをしておいた。宴会が終わった後、小宮と岡村は合流し、亜美をレイプしようというものだ。口止め用に、亜美が出ているAVのDVDとDVDプレーヤーも持ってきている。

 朝から観光バスに乗車し、部長好みの寺や神社を巡り宴会予定の温泉付きホテルに着いた。

 温泉に入った後、温泉から上がった者がどんどん宴会場の座敷に集まってくる。矢島は宴会場での席も、教育担当者の特権で亜美の隣に座った。

 宴会が始まった。お寺や神社を廻る観光に興味の無い若い社員達にとっては、宴会は親睦旅行でのメインイベントである。これが終わって初めて、新入社員たちも我が社の一員と言われる。新人には隠し芸の披露が義務付けられているのだ。一緒に酒を飲み、自分の一芸を披露して初めて先輩達に認められる。そういう場でもあるのだ。温泉に入った後なのだろう、ほのかに漂うシャンプーの香りとホテルに備えられている浴衣が、会社での姿と違い亜美をより色っぽく見せる。

 男性新人社員の女装ダンスや歌、二人コンビになっての漫才などの隠し芸が終わり、新人最後として亜美の隠し芸が披露される。玩具のキーボードで伴奏し、流行のアイドルの歌を熱唱する。たとえ玩具といえども、その演奏はしっかりしていて、ピアノを習っていたことを窺わせるものだ。歌も外連味が無くて、素直な歌い方に好感が持てるものだ。

 新人全員の隠し芸が終わり、ここからは先輩社員有志の隠し芸やカラオケが始まった。
「矢島さん、どうぞっ」
 自分の隠し芸が終わった亜美がビールを持って戻ってきた。亜美の顔を見るだけで、亜美が近くにやって来るだけで矢島の胸は早鐘を打ち鳴らす。これから計画を実行すると思うと、ドクンッ、ドクンッと喉から血を吐きそうなくらいに血液が駆け巡る。
「ピアノかなんか、習ってたの?」
 矢島は勤めて平静を装う。
「はいっ、小中と9年間。でも、久しぶりだったので緊張して指が動かなくて……」
 亜美の言葉と共に、風呂上りのシャンプーの香りが矢島の鼻を擽る。洗い立ての髪を髪留めで後ろに纏め、うなじに残る解れ毛、浴衣姿の襟元から覗くミルクを塗りこんだような肌、裾から覗くキュッと締まった足首、それだけでも清楚なイメージの亜美が故にチラッと見える生肌が男達の欲情をそそる。

「部長と課長にもお酌して来た方が良いよ。今なら直美ちゃんも行ってるから……。意外とこう言う事、あの二人、いつまでも覚えている方だから」
 矢島は教育担当者として、初めての宴会に参加した亜美に忠告する。これも亜美に席を立たせ、亜美のグラスに睡眠導入薬を入れるチャンスを作る為だ。
「はい、ちょっと行ってきますね」
 亜美は何の疑いも持たず、手にビールのビンを持ち笑顔で席を立った。

 小宮と岡村が矢島に視線を送る。巧く薬を入れろとばかりに……。
 矢島は周りに視線を配り、誰も見ていないことを確認する。直美と亜美は上座の部長たちの所にいる。男性社員たちも酒を飲むことと日頃の愚痴を喋り合うことに徹している。

 いまだ。

 そう頭で判断していても、中々手が動かない。
 もし間違っていたら。AVに出ていたのが亜美で無かったら……。そんな思いが頭の隅に現れては消える。カラオケや社員達のお喋りの喧騒の中、矢島だけ静寂に包まれているように感じる。
(そんな筈は無い。三人が三人、亜美ちゃんだと判断したんだから)
 矢島は二人の視線に急かされるように、薬を亜美のグラスに入れた。



 部長達にお酌をしてきた亜美と直美が矢島の隣の席に帰ってきた。亜美の向こうに座っている直美が、『新人は辛いね』と年寄り達が喋り続け、お酌をする亜美を中々放してくれなかったことを労う。何も知らない部長達が時間を稼いでくれたお陰で、粉末の薬はすっかり溶けてる。
「私も頂こう」
 亜美は何も気付かず、睡眠導入薬入りのグラスを手にした。

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