青い目覚め
横尾茂明:作

■ 羞恥戯4

「うわー…スゴイ本…本がイッパイだね、まるで図書館みたい!」

「由美も本が大好きだよ」

「へー…由美ちゃんどんな本読むの?」

幸夫は鞄を机に置き、中の書類を取り出しながら聞いた。

「この前までバルザックを読んでたけど、今はゾラを読んでるの」

「へー、フランス文学が好きなんだね、だったらカミュなんかもいいよ」

「うーん…カミュはこの前読もうと思ったけど…難しくて止めたの」

「高校生なら…頑張れば読めるとおもうけどなー」

書棚には文学全集に混じってヘーゲル観念論とか弁証法的唯物論、ベンサム功利説の研究などと言う由美には意味の分からない本も沢山有った。

「おじさんって教養高いんだー」

「そんなことないよー…仕事柄、沢山の本を読まないといけないだけなの」

「仕事って…勉強より大変なんだナー」

「由美ちゃんパソコンやるの?」

「うん!、学校で習ってるよ!」

「由美…ノートパソコンが欲しくて…いまお金…貯めてるの」

「ならよかった!、おじさん先日新しいのを買ったから、チョット古いけど、おじさんの前のヤツあげるよ」
「昨日、中身全部CDに焼いてクリヤーにしたから持っていっていいよ」

「うわーホント…嬉しいーヤッター…ホントにいいの?」

「古いヤツでこんなに喜ばれると…おじさんなんか悪い気がするよー」

「そんなことないもん…スゴク嬉しいもん」

由美は手渡されたノートパソコンを抱えて頬ずりした。

「さー由美ちゃん…何して遊ぼ…トランプがいいかな?」

「由美……お風呂に入りたいナ」
「ネッいいでしょ! …今日はお風呂屋さん休みなの…」

「エーッ…いいけど……じゃあすぐに用意するから少し待っててネ」

おじさんはいそいそと部屋を出ていった。
由美は部屋の調度品を見たり、本を手に取り眺めたり、分かりもしない図面を首を傾げて見入ったりしていた。
なかでもパース画は気に入ったのか、窓の透明感の描き方に関心を示していた。

「由紀ちゃん用意出来たよー!」
「あっ…由紀ちゃん、絵が好きなの?」

「おじさんがこれ描いたの?」

「うん、そうだけど…」

「おじさんスゴク上手だね…尊敬しちゃう」

「そ…そーかなー…仕事だからネ」
「それより、さーお風呂の用意が出来たから! 入った・入った」
「でも…着替えが無いね…」
「そうだ! 乾燥機が有るから由美ちゃん、下着は洗っていいよ」
「その間はおじさんのワイシャツでも着てなさい」

由美はおじさんに案内されてバスルームに向かった。

「うわー! 大きいお風呂…泡がスゴク出てるー」
「これって…ジャグジーて言うのでしょ!」

「由美ちゃん初めて?」

「うん、スゴイスゴイ!」

「じゃ、ここにタオルとシャツを置いておくからね」
「下着は、洗ったらここの戸を開けて入れてね、スイッチはこれを押すの」
「じゃ、ゆっくり暖まるようにね」

幸夫は部屋に戻り椅子に腰を下ろして、考えに耽った…。
(あの子…無防備にも一人暮らしの男の部屋に上がった…
 そして…いま風呂に入っている)

(普通なら…据え膳以外の何者でもない女子高生…)

(でも…あの子…無垢過ぎというか、男を知らなさすぎというか…)

(却って手が出せない…)

(最近…俺も禁欲生活が長い。妻を亡くしてから…悲しさを忘れるため 一心不乱に働いた…。5年前に独立し、今では社員を10人抱えるまで成長した。最近何だか自分がおかしい…会社も順調…金も充分に貯まった。何の不足も無いのに…この不満足な心は一体何なのか!)

(やはり禁欲生活のせいなのか)

(先日…接待で酒を飲むために車を会社に置いてきた…
 朝、何年ぶりかで電車に乗った、そしてあの少女を見た…
 女に脱皮する前の無垢で…光り輝く美をあの少女に痛烈に感じた
 …欲しいと思った…そして夢にまで現れた…それからは年甲斐も無く
 毎日電車に乗り、少女を捜しては見取れていた…
 ある日、駅に着いたとき…少女がベンチに座り物思いに耽っていた
 青春の陰りというか…その愁いに満ちた美しい横顔を見ている内に
 気が付いたら傍若無人にも少女に声を掛けていた…)

(それからというものは…逢いたくて…逢いたくて…年甲斐も無く 狂ってしまった)

(その憧れの少女が…いま私の自慢の風呂に入っている)

(あーなんて事だ…これは犯罪ではないのか!)

(きょう……手を出さずに我慢出来るのか…我慢出来るのか幸夫!)

(あの少女の裸を思い浮かべ…オナニーに耽ったこの場所でお前は我慢出来るのか!)

幸夫は自問した…最後まであの少女に対し…紳士的に振る舞えるか
優しいおじさんで終われるのか……幸夫には自信は無かった。
その思考を打ち破るように少女がドアを開けた。

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