ボヘミアの深い森
横尾茂明:作

■ ミュンヘン1

車内では少女がいろいろなことを語ってくれた。

育った田舎街、チェコの貧困、高校を中退し行商に出なければならなかった経緯。
少女は悲しい経緯を話すときも快活に振る舞い龍太に気遣った。

唐突に、少女がオシッコをしたいと言いだした。
龍太はガソリンスタンドか休める店を探そうと周囲をキョロキョロ見ながら走るが…森と草原が続くばかりで何も見あたらない。

「お兄ちゃんもう我慢出来ないヨー」
少女はブルブル震えて縋るように龍太の脚を掴む。

「しかし困ったナー」

「お兄ちゃんもうここで停めて、我慢できない…洩れちゃうよー」

「でもここでは…」
龍太は言われるままに車をガードレールが切れた道路隅に寄せて停めた。

少女は龍太には目もくれず、助手席でスニーカーをもどかしく脱いでオーバーオールを一気に降ろした。

「…………」

眩しいほどの真っ白な太腿が龍太の目端に踊る。
少女は「お兄ちゃん、車が来ないか見ててね!」とはにかみながら言い、車から裸足で飛び出して行った。

一旦は車の後方に走り、何を思ったのか急に引き返して車の前方横に向かい、道ばたの短い草むらで立ち止まり龍太を振り返る。

そして辺りをキョロキョロ見渡し黄色のチェックのシャツを胸近くまでまくり上げた。

真っ白なパンティーだけが龍太の目に飛び込む。
次第に少女の全景が目に映り…そのゾクっとするほどの美しさに一瞬釘付けになる。

パンティーがゆっくり降ろされ…少女は龍太を見つめたまましゃがんでいく。
その仕草はまるで龍太に見せつけるようにスローモーションな流れであった。

赤い割れ目が見えた刹那…すぐに白い飛沫が草を叩き始める。

西日が少女の素肌を赤く染めていた。
龍太は呆然と少女の腰から性器…尻に至る美しい線に見とれてしまった。
ロリータと呼ぶべきか…少女のエロさと美しさは龍太を蕩かすには余りあった。

少女は胸ポケットからティッシュを取り、股間を何度も拭いてから立ち上がり龍太を恥ずかしげに見つめ、その無毛の割れ目を見せつけながら緩やかにパンティーを引き上げて車に駆け寄った。

助手席に座り頬を染めて
「お兄ちゃんに恥ずかしいとこ見られちゃったな」
と言い、少女はコケティッシュな仕草でオーバーオールに脚を通した。

それ以降二人は寡黙になり、ただ前を見つめてミュンヘンを目指した。

(この少女の余りにも挑発的な行為は…何を意味するのか…)
龍太は暫しその意味を考えたが…今…横に座る清楚な雰囲気の少女からはその意味は全く見いだせなかった。


陽が落ちる間際にミュンヘンの街に着いた。
少女が指をさす方向に車を進めるが、どんどん裏町に入り日本人がとても行けないような怪しげな露地に出た。

「ここです、この宿はロマの人がやっててね、すごく安いんだよ!」
「ここに泊まって明日からプラハ行きのトラックを探して歩くの」

少女が指した方向には汚れた宿らしきものが見え、
怪しげに素肌を露出し、濃い化粧の女性数人がこちらを物色するように見つめていた。

「ビンペルクって街…プラハに近いの?」

「ううん…もっと近いよ、そう…ここからローテンブルクに戻るくらいかな」

「じゃぁ…お兄ちゃん…ここで」
「いろいろ話を聞いてくれて…ありがとう」
今にも涙が溢れそうに…少女の瞳は悲しく揺れ始めた。

少女はドアを開けようと取っ手に指をかけたとき何故か龍太はそれを阻止した。
「待って、こんな怪しげな宿はいけないよ」

「俺のホテルにいこう」

龍太は少女の返事を待たず車を急発車させた。

「お兄ちゃんダメだよー、ロマを…泊めてくれるホテルなんかないよー」

「いいんだ、あんな汚れた宿に君を泊めるわけにはいかないから」

二人は無言でミュンヘンの中心に引き返す。

アイスバッハ川沿いのヒルトン・ミュンヘン・パーク・ホテルに車を停めた。
飛び出してきたボーイにチップを渡し、車のキーとバックを渡す。

少女の背中を押しエントランスから大理石が敷き詰められたホテル内に進む。
少女は物珍しいのか、当たりをきょろきょろしながら恐る恐る付いてきた。

チェックインカウンターで宿泊予約をチェックをする際、案の定コンシェルジュが訝しげな眼で少女の風体を見廻し、何か言いたそう龍太に近寄ったがそれを黙殺した。

二人はチボリ・レストランに向かう。
ウェイーターにチップを渡し、川を一望出来る上席に案内してもらった。

先程から少女は落ち着かない、場違いな所に来てしまったといった風情に目が揺れている。

少女を気遣い、アラカルトディナーを勧めるが少女はお兄ちゃんが決めてと言い曖昧に微笑んで眼を伏せた。

極上のスレーキを平らげ、次にピープルズ・バー&シガーラウンジに行く。
エレガントな革製のアームチェアに座り、ライブ音楽を聴きながらカクテルを注文する。

オーバーオールに黄シャツの少女は周りから完全に浮いていた、客は奇異な眼で二人を見つめ…小声で何やら囁き苦笑している…。

少女は緊張した面持ちでグラスを傾けてはいるがリラックスしている感じにはとても見えなかった。

「お兄ちゃん…もう出ようよ…」
少女はたまらず龍太の手を握った。

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