ボヘミアの深い森
横尾茂明:作

■ ミュンヘン7

「お兄ちゃん私も洗って…」
少女の声は…少し震えていた。

龍太は振り返り、少女の濡れた顔を見る。

「電話…繋がったのかい?」
「あっ、泣いてたの…?」

「お家でなにかあった?」

「…お…お父さんが…伐採してて、チェーンソーで脚を切ったの」
「3週間前入院したんだって」

「それで?」

「手術はうまくいったけど…退院出来ないの」

「どうして?…神経か何かに問題が有ったの?」

「ぅうん…手術代が払えないの」
「だから…私に2万コルナ持ってすぐに帰れって」
「でも…そんな大金…私には……」

「2万コルナってマルクに換算したら幾らなの?」

「…900マルク…くらい」

「…………………」

(たったの900マルク…日本円で7万円弱)
龍太は呆れた、この程度の手術代が払えない少女の実家…その困窮を考えると胸が痛んだ。

「俺…いま5000マルク以上は持ってるから安心して」
「ミュンヘンを案内してくれたお礼に1000マルクあげる、それを持ってお家にすぐ帰りなさい」

「そんな大金貰えません…」

「いいの、俺…君と少しの間だったけど…すごく楽しかったんだ」
「その記念としてあげるの、遠慮なんか子供はしないの!」

「子供じゃないもん!」

「ゴメン…じゃぁ言い直す、貰って下さい」

「お兄ちゃん…本当にいいの?」

「いいの、いいんだよ!、お兄ちゃんお金持ちだから…フフフッ」

「有り難う、必ずお返ししますから」

「ハイ、ハイ」

少女は澄んだブルーの瞳から涙を溢れさせ抱きついてきた。
龍太もそれに応えるように背中に手をまわして少女を受け止める。

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