ボヘミアの深い森
横尾茂明:作

■ 国境1

国道20号線、国境の街グラビッツを抜けたところでトラックを路肩に寄せた。
ボヘミヤンストリートをあと2キロ走ればチェコ国境である。

(検問の交代がたしか…18時のはず)
(あと10分か…)
男は親指の付け根を噛みながらせわしなく腕時計を見る。

(ルドルフの野郎さえいなければ何とかなるが…)

腕時計が無様に震えるのを右手で押さえ唇を強く噛んだ。

(どうしよう…)

男は国境までは走ったものの、その手前で躊躇していた。

少女は後ろの仮眠ベットに縛って転がしてある。

検問が夕闇に霞み…遠く揺らぐように見える、心臓の鼓動は次第に激しくなり…呼吸が苦しくなってきた。

仮眠ベットの少女を見付けられたら確実に連行される…そうなればあの時の少年殺害の事件に波及するのは必至。

男は犯してしまったことの重さに全身が震えだした。

(そうだ! このガキ…この場で捨ててしまえば…)

男はカーテンを少し開け、気を失って転がっている少女の顔を見つめた。

少女の表情は猿ぐつわで少し歪んでいたが…仄暗い中でも可憐に輝いて見えた。
また…大きく開いた胸元の白い膨らみは男の目を焼いた。

(あぁぁ惜しい…)
少女を見たことを後悔した。
(す…捨てられない…)

男の心は揺らいだ、これほど自分好みの女児にはもう二度と巡り会えないような気がしたのだ。

逡巡の震えが手から脚に伝わったとき…男の心は決まった。
(クソー、こうなりゃ一か八か…やってやる!)
(このガキ捨てるくらいなら死刑台にでも登ってやらー!)

再度時計を見てトラックをゆっくりと発進させた、目に映る風景が白っぽく流れていく…男は興奮の極に達していた。

すぐに検問のゲートは迫ってくる。
アクセルを踏む足は無様なまでに震えている。
自然と足はブレーキに移動しようとするが男は何とか踏みこたえた。

トラックは出国検査場のレーンに誘導される、もう逃げられないと観念するも…目は逃げ場を捜して泳いでいる。

バーが急速に迫ってくる、口中が渇き風景が白く濁り一瞬霞んだ。

(あっ!)男は停止線に気付き慌ててブレーキを踏む。
車はつんのめるように止まり、続いて荷の崩れる音がした。

(しまった! ったく何をやってんだ俺は…)

慌てて後ろのカーテンを開けてみる…少女は依然と失神したままであった。

(フーッ、アブねー…)

審査官がブレーキ音に気づき、あたふた走ってきた。

「オイオイ注意してくれよ! 制限時速は知ってるだろう」

「すいません…ボーとしてたもんで…」

「あんた…こんな時間にチェコ行きかい?」
「へい、途中渋滞しちまって…」

「何処で?、今日は渋滞情報は聞かなかったがなー…」
「まっ、いいや…書類を見せてくれ」

審査官は男が差し出した書類を受け取ると…。
「今日は遅いからこのまま待ってろ、俺がやってきてやる」
審査官は言うと小屋に走っていった。

小屋の上空は血を流したように気味悪いほど赤かった…。

出国審査は気が抜けるほど型どおりで…車内検査もなく書類審査のみですんなりと通された。

(フーッ…小便ちびるかと思ったぜ)
(後は入国審査か、次も甘いといいが…ルドルフのやつ…)

チェコ側の検問所のレーンを今度は慎重に走り、ゲートをくぐって封鎖バーの手前の停止線にピッタリと車を停めた…先程までの震えは少し収まっていた。

男はパスポートに通関証と荷の証券を持って車を降り審査小屋に向かう。
小屋内の係員はいつもの顔ぶれであった。

男は気を静めるように世間話をしながら手続きを進めるが、口数が多くなっている事に気付き思わず口をつぐんだ。

目はせわしなくルドルフの所在を探っていた…。
(いない…やはり交代はしたみたいだな…よしいけるぜ)

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