ボヘミアの深い森
横尾茂明:作

■ 国境3

国境を抜けるとチェコ特有の質の悪い国道に変わる。

(フーッ、26号線に変わったか…あとはこの道一本限り)
(たしか…荷の大半はプルゼニで降ろすんだったよな)

男は車内灯をつけ、荷の届け先を再確認した。
(プラハの荷はたったの1個か、カーッめんどくせえな)
(おっ!、プラハ便だけは明日の午前中となってる…)
(くーっ…今日はプルゼニの寮に泊まれんぜ)
(よしあと50キロ、30分だな…)

(もうガキの猿ぐつわを取ってもいいだろう…)

男は道の脇に車を停め、車内灯を点けて背中のカーテンを引いた。

(ケッ、まだのびていやがる…)
しかし少女の微動だにしない姿を見て男は心配になった、少女がドアに頭を打ち付けた時に…いやな音がしたことを思い出したのだ。

猿ぐつわを外し、少女に口づけをしてみた。
そしてしばらくうかがうように唇を舐めてみる…

(息はしている…熱もなさそうだし、まっ…いいか)

(しかし…なんて可愛い貌をしてんだ、まるで…天使…)
男はしばし少女の顔に見取れてしまった。

けたたましいクラクション音で男は我に返る。

(おっといけねー、つい見取れちまったぜ)

男は再びアクセルを踏みプルゼニの街をめざした。


(………………)

少女は何かで頭を打ち、朦朧の中で目覚めた。
ぼんやりとした空間に自分の位置が掴めない…思い出そうとすると頭に早鐘の様な痛みが走った。

次にドスンという大きな響きでようやく我に返る。
(オ…オジサン)

少女は仕切られたカーテンを開けようと手を動かそうとしたそのとき自分が縛られていることに初めて気付いた。

体がゾッとするほど凍り付く…。
(ここ何処? …トラックの中にまだいるの…)

前のカーテンが揺れている、少女は脚を曲げてカーテンを横に引いた。

運転席にあのオジサンが座り、ヘッドライトに照らされた薄暗い国道が…まるで大蛇の背の様にうねって見えた。

カーテンの開ける音に男は気づき、後ろを振り返った。

「起きたんかい…ケッ、もう少し寝てな!」

男は言うと半開きのカーテンを勢いよく閉めた。

「オ…オジサン、助けて下さい…もう降ろして下さい!」
少女はカーテン越しに大声を張り上げた。

「うるせー、大きな声を出すんじゃねー」
「今度出しやがったら本当に殺すぞ!」

その声は少女には背筋が凍り付くほどの冷たさに響いた。

少女の目に自然と涙が溢れる。
(こんな理不尽なことが…)

膣の痛みは消えていたが、頭の芯の焼けるような痛みは依然と続いていた。

(これから何処に連れて行かれるの…また裸にされて恥ずかしいことされるの)

強姦されたときの…あの気の遠くなるほどの痛みを思い出した…少女は反射的に体を丸めて震える。


カーテンに流れる光りが次第に強くなり車体の揺れも石畳の細かい断続振動に変わっていた。

(街に入ったの…?)

少女は窓側ににじり寄り、半身を起こして口で小窓のカーテンを引いた。

外を流れる景色…どこか見覚えのある感覚…。

5分ほど見ていて少女は確信した。
(プルゼニ…)

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