ボクとアイツと俺
木暮香瑠:作

■ 罠に囚われた志穂1

「おーーーい、志穂!」
 金曜日の下校時、志穂に声が掛けられた。圭一が険しい顔で志穂を呼び止めた。

 この一週間、志穂は心休まぬ日々だった。バージンを失ったことが圭一にばれないか不安で仕方なかった。圭一にバージンを捧げることを自分の弱い気持ちで失敗し、心ならずも始めて会った男達に奪われてしまった。しかし圭一はそのことを知らない。今までどおり明るく優しく接してくれている。そのことは志穂は心苦しかった。

 その圭一が険しい顔で志穂に話しかけてきた。
「お前知ってるか?」
「えっ! なに?」
 志穂は、心の闇を突かれたように驚き声を上擦らせた。しかし圭一はそれには気付かず話を続けた。
「宗佑がサッカー部辞めたって」
 圭一の表情の険しい原因は宗佑のことだった。
「ケンカして、それが学校にばれたって……。一週間の停学になったって、西工に友人のいるヤツが教えてくれた」
「そ、そうなんだ……」
 圭一の険しい表情の原因が自分のことではなかったことに安堵しながらも、志穂は表情を曇らせた。
「何でケンカなんかしたんだ、アイツ! 選手権予選が迫ってるのに……」
 幼馴染で、同じくサッカーの選手権を目指していた友人を心配し、どうしてこんなことになったのか信じられない気持ちで一杯だった。
「馬鹿野郎だよ。ケンカなんかして……。決勝で戦おうって誓ってたのに……」
 圭一の言葉に志穂の顔が曇る。
(宗佑がケンカしたのは……、ボクの所為なんだ。ボクの……。宗佑はボクを守る為に夢を奪われたんだ……)
 しかし志穂はそのことを言うことは出来ない。言えは圭一を悲しませる。そして圭一も私の為に佐々木達とケンカしてしまうかもしれない。そうしたら……、圭一の夢まで奪ってしまう。
「俺、部活行かなきゃ。じゃあな」
 圭一がそう言って部室の方に向かう。それまでにも何か喋っていたが志穂にはその内容は耳に入ってこなかった。宗佑の夢を奪い、圭一の夢まで奪うかもしれないと自責の念に苛まれていて……。
「圭一、ボクが好きなのは圭一だけだからね、絶対……」
 志穂は圭一の背中に向かってそう叫んでいた。
「今更何言ってんだ。判ってるよ」
 そう言う圭一の後姿が小さくなっていった。



 昨夜、宗佑から志穂にメールが来ていた。今日、会えないかと……。土曜日のことでマズイことがある。志穂の裸の写真をあいつ等に撮られているみたいだからそのことを話し合いたいと……。

 これから志穂は宗佑と会う約束をしていた。志穂にとっていい話でないことは判っている。覚悟は決めている。宗佑の夢を奪って、その上圭一の夢まで奪うわけには行かない。話の内容がどんなことでも覚悟を決めなくてはいけないと……。



 宗佑に呼び出された西工業高校近くのファミレスには、佐々木達四人も同席していた。
「すまない、志穂……」
 志穂が着くなり宗佑は頭を下げ俯いたまま謝った。

 学校帰りということもあり、志穂は制服のままだ。襟元をブルーの大きなリボンで飾られたシャツにスカート姿だった。
「へへへ、志穂ちゃん、仲良くしようね」
「この前のボーイッシュな志穂ちゃんも可愛いかったけど、スカート姿の志穂ちゃんも新鮮だね」
 佐々木達が志穂の制服姿を好奇の眼差しで嘗め回す。
「ど、どうしてあなた達が……?」
「どうしてって、俺達がいたほうが話が早いだろ? ほら、この写真のことなんだろ?」
 佐々木が差し出したスマホには、ソファーに横たわり胸と股間の翳りを晒した志穂の姿が映し出されている。
「ばら撒かれたらまずいんじゃない? 幼馴染の彼氏さんには知られたくないよね、この写真……」
 佐々木の横で自分のスマホを操作し画面を覗き込む棚田が、折れた歯を見せながらニタッと笑う。
「挿入時のもあるけど、それも見る?」
「しーーー、声がでけえぞ、お前!」
 言葉を続ける棚田を佐々木が制する。
「ねえ、知られるとまずいよね。ここの客にも……。それとも見られても平気? この写真……」
 佐々木の言葉に志穂はイヤイヤと首を横に振る。佐々木には見せる気はなかった。実際には挿入時に写っているのは宗佑だ。しかし、志穂を脅すには言葉だけで十分だった。
「宗佑……」
 どうしていいか判らない志穂は宗佑に助けを求めるが、宗佑は俯いたまま奥歯を噛み締めている。
「宗佑に助けを求めても無駄だよ。もし宗佑が俺たちに何かしようもんなら、この写真をばら撒くって言ったら何も出来なくなっちゃった」
「そうそう、宗佑がどんなに強くても、俺たち四人を同時には倒せないだろからね。もし宗佑が誰かに手を出したら、残ったもんが一斉にネットに写真をばら撒くことになってるからね。俺たちも同じ写真持ってるから……」
 佐々木の言うことに棚田は折れた前歯を覗かせながら、ニタニタと笑いながら補足する。
「宗佑はどうしてもこの写真をばら撒かれたくないらしいね。だから俺たちの言う事を聞くことにしたみたいだよ。サッカー辞めてまで志穂ちゃんの裸の写真、ばら撒かれたくないんだって……」
「ウッ! ……」
 宗佑が小さく唸り、奥歯を噛み締め顔を背ける。
 佐々木達はねっとりと、志穂に逃げ道のないことを悟らせた。

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