ボクとアイツと俺
木暮香瑠:作

■ 夏休みの恥辱7

 公園での凌辱で感じてしまった志穂は、自己嫌悪に苛まれながら宗佑の家に向かっていた。公園で感じただけでない、その前からローターにも感じてしまったことが志穂には許しがたい恥辱だった。
(あんなもの、玩具にも感じるなんて……。ボク、なんてはしたないの……)
 自分の感じやすい肢体を呪いながら、ウィッグを外し着替えをしていつもの自分に戻るため志穂は宗佑の家に向かった。



 玄関から声を掛けると、奥の宗佑の部屋から返事が戻ってきた。返事に従い宗佑の部屋に入ると、紫煙が志穂の身体を包む。床に座った宗佑が、煙った部屋の壁に凭れ煙草を燻らせている。前に置かれた灰皿には、吸い殻の山ができている。
「宗佑、タバコやめてよ。健康に悪いよ」
 紫煙に包まれた志穂は眉をひそめた。
「タバコくらいいいじゃん。みんな吸ってるぜ。ふーーー」
 宗佑は、わざとらしく大きく吸った煙を天井に向かって吐いて見せた。志穂が帰ってくるまで気が落ち着かなく、いつもに増して多くの吸い殻が灰皿に積まれている。そんな心の動揺を悟られまいと、平静を装いいつもどうりの振りをする。
「もう、酷い。身体に悪いよ。サッカー続けるんでしょ? 息が続かなくなっても知らないよ」
 志穂の説教めいた言葉に宗佑は、志穂に向かって煙を吹きつける。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……」
 宗佑に吹き付けられた煙に志穂は噎せ返った。
「そんな柔な身体してねえよ。今すぐマラソン走れって言われたら走れるぜ。ふうーーー」
 タバコを止める意思のないことを示すように、再び大きく吸った煙を吐き出した。
「もう、煙たいッたら!」
 ぷくっと頬を膨らまし、怒りを示す志穂。
「知らないからね。プロになって圭一と戦えなくなっても……」
「変な日本語。二人がプロになったら戦えるだろ」
「走り負けるってことよ。圭一のスピードに着いて行けなくなるんだから」
 語気の強さから、志穂が本気で忠告していることが宗佑にも伝わる。
「俺の応援してるみたいだな。圭一が嫉妬するぜ、俺の応援なんかしたら」
 宗佑は気まずさを隠すように茶化した。
「応援なんかしてないよ。圭一の夢だから……、プロになって宗佑と戦うのが……」
(そうか……。圭一の為か、俺に気を使ってくれるのも……)
 志穂の答えにゆらゆらと燻る嫉妬を、宗佑は煙草を口にすることで隠した。

 しかし、自分の気持ちを押し殺すための会話は長くは続かなかった。部屋の中には重苦しい沈黙が流れた。
「もう少しここにいていい? 心が落ち着くまで……」
 もう少しいたいと言う志穂の言葉は、さっさと帰ると思っていた宗佑を驚かせた。
「どうして俺の……。一度お前を襲った男だぜ」
「宗佑は、そんなに悪い奴じゃない。あの時は、魔が差しただけ……。それに……、宗佑はすべてボクのこと知ってるでしょ? でも圭一には内緒にしていてくれてる」
 志穂は俯いたまま穏やかにそう告げた。
「それは俺の所為でもあるから……」
「じゃあ、ボクたち同志だね。同じ秘密を持った……」
 宗佑の言葉に志穂は、笑顔を向けて答える。
「笑えねえよ、そんな冗談……」
 志穂の笑顔に宗佑の胸が痛む。
(違うんだ。原因を作ったのは俺なんだ。志穂のバージンを奪ったのは……俺なんだ。それが原因であいつらに……)
 しかし本当のことを告げる勇気は宗佑にはなかった。本当に志穂に嫌われることが怖くて……。
「ハハハ、そうだね……」
 志穂は笑って見せた。しかしその目に宿る影は隠しきれていない。作り笑いの後、再び二人を沈黙と紫煙が包んだ。

「志穂……、髪、伸ばさねえのか?」
 沈黙に耐えかねた宗佑が話題を作る。
「えっ? どうして?」
「いやっ、そのウィッグ、似合ってると思ったから……」
「長い髪が好きなんんだ、男って……。圭一もそうなのかな?」
「知らねえよ。……でも、長い髪が好きな男の方が多いかもな。……、圭一も男だし……」
 煙草を吹かしながら宗佑は答える。
「そろそろ帰るね。着替えるから、ちょっと部屋出てくれる?」
「あっ、ああ……」
 そして志穂は着替え、いつも通りのショートカットの髪形、男の子のような服装のボーイッシュな志穂に戻り帰って行った。

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