ボクとアイツと俺
木暮香瑠:作

■ 夏休みの恥辱8

 夏の遅い夕暮れも去り空が闇に包まれ始めた頃、宗佑の家からの帰り道、志穂は大きなスポーツバックを肩から掛けた圭一とばったり会った。
「練習帰り? 遅いね」
「ああ、練習の後、夏休み中の合宿と遠征試合の予定の話が合ってね。顧問も今年は相当気合が入ってて、みっちりだよ。今年こそ選手権だって、合宿と練習試合で……」
 圭一の話は、デートをする暇もないと言ってるように志穂には聞こえた。
「そうなんだ」
 志穂は寂しそうな表情を浮かべる。しかし圭一は、志穂の寂しさには気づかす話を進める。
「本当にチャンスなんだ。今年のメンバーはバランスが取れてるし、連携もうまく取れてるし……」
 圭一は、サッカーの話を嬉々と話し続ける。志穂が時折浮かべる寂しそうな表情には気づきもせず……。
「どこ行ってた? 志穂は。こんな時間に……」
 ふと気になったことを圭一は口にした。
「うん? えっ? ……と、友達とカラオケだよ、明日から夏休みだし……、今年は受験で忙しいし、遊んでばかりはいられないから、遊び納め?」
 一瞬しどろもどろになりかけたが、とっさに嘘をつく。
「そうなんだ。……合宿から帰ってきたら、お盆には三日間、練習休みになるからデートしようぜ」
 圭一は、ここの所一緒にいることが少なくなっている志穂を喜ばそうとデートに誘う。
「本当? 嬉しい! 絶対だよ!!」
「ああ、絶対。約束する、絶対連れてく」
 志穂の喜びの大きさに気を良くして強く約束を誓った。
「それと、選手権にもね」
 志穂は満面の笑顔を圭一に向け喜んだ。

「あっ、そうそう。西工の近くの公園で痴女が出るって噂、知ってる?」
 調子に乗った圭一は、友人たちで話題になった話を志穂に向けた。サッカー部のミーティング終わりに、SNSで入った最新情報で盛り上がったのだ。
(ボ、ボクのこと? もう噂になってる……)
「知らない!」
 志穂は俯き小さな声で言う。
「ロングヘアで清純そうな顔の娘なのに公園で青姦してたって。それもかなりの巨乳だったって」
(ばれてない? ボクだって……)
 噂話に志穂は耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいだ。
「公園に自転車飛ばした奴もいるんだぜ。こんな時間、もうやってないって言ったのに、まだいるかもしれないって……」
 部員たちの間で盛り上がった話をそのまま志穂に話した。
「その話、よそうよ。ボク、そんな話、嫌い」
 自分の噂話を聞くのが辛くて、志穂は話題を打ち切ってほしかった。
「ごめん。サッカー部で話題だったから……」
 ばつの悪そうな顔で圭一は頭を掻いた。

 その時、ふと志穂からいつもと違う匂いがするのに気付く。圭一はそれが何かと志穂の肩口に鼻を近づけ臭いを嗅いだ。
「えっ? 何?」
 圭一の仕草に志穂は逃げるように身を捩る。
「なんか臭う。……煙草の臭い?」
「えっ、……。喫茶店で喫煙席の隣の席にされたんだよね。その時着いたんだよ煙草の臭い、きっと……。禁煙席って言ったのに」
 志穂は慌てて臭いを払うような仕草を取った。宗佑の紫煙の充満した部屋で気が落ち着くまでと長いこといた。その時着いた臭いだ。
「あっ、家に着いちゃった。ま、またね。じゃあ、バイバイ」
 志穂は逃げるように圭一と別れ、家に逃げ込んだ。

 志穂が入っていった志穂の家の玄関を見つめ、立ち尽くす圭一。
(誰か、俺以外と付き合ってる男がいる? イヤイヤッ、志穂に限ってそんな筈無い!)
 不安を打ち消そうとするが、疑惑はグルグルと頭の中を巡る。

 今朝の女子たちの会話も気になる。
『あれっ!? 志穂、どうしたの? やっと女に目覚めた?』
『だって、眉、整えたでしょ。目元が華やいだよ』
『でもどういう風の吹き回し? 急に女に目覚めて……』
 自分が気づかなかった志穂の変化に女友達たちは気が付いていた。眉を整えた志穂の……。
(本当に女に目覚めたのか? 志穂は……。俺の為? それとも俺の知らない誰かの為?)
 自分の気付かない変化が他にあるんじゃないか?
(そんな筈ない。選手権に行くこと、あんなに期待してくれてるし、デートの約束もあんなに喜んでた……。それに、志穂を選手権に連れて行くって約束した……)
 邪念を捨てサッカーに集中する決意をするが、心の奥底に渦巻く暗い影は消せなかった。

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