皮膚の壁
一月二十日:作

■ 8

初めて真美を車に乗せた。
真美はコンビニの袋を持っていた。
実は数十分前、真美からメールが入った。

「ね? 好きなものって何?食べ物か飲み物で。」
「う〜ん…コーヒー。」
「それだけ?」
「うん、そうだなぁ…フライドチキンと。」
「それだけ?」
「う〜ん、後は任せる。」
「もっと言って言って…」
「思い浮かばないよ。」
「(怒った顔の絵文字)」
「ごめん。」
「じゃ、適当に買っとく。」
「あぁ。」

そんなやり取りがまた会議中にあったのだ。
迷惑でもあったが実際は嬉しかった。

車を歩道の側に付けた。助手席のロックを外す。
真美は当たり前の様に助手席に乗って来た。
細い脚が入って、少し重めの尻が座席に乗り…
「ハイこれ。」
とコンビニの袋を私に渡すと、もう片方の脚を入れ、すっかり座席に収まりドアを閉める。
こっちを向いて小首を傾げる。

「任されたもの…見て見て…」
口許が微笑む。
なのに目は真剣だ。
車内に仄かに柑橘系の香りが漂った。


取り敢えず車を出した。コンビニの袋を無造作に後部座席に置いた。

「あ〜! せっかく買って来たのにぃ…プゥ〜」
真美の頬が膨らんだ。

「あ…ごめん…とにかくここは誰に見られてるか…」

真美は無言で拗ねていた。

「もう少し行ったら停めるからね。」
と言うや否や、真美が私の腿に倒れ込んで来た。

「危ないよ!」
真美は無言だった。
腿に真美の体温が浸透して来る。

「…私は犬よ…」
真美が呟いた。
「え?」
アクセルが不規則に踏まれる。
後続車がクラクションを鳴らす。
「犬だと思って…」
私はとにかく運転に集中した。
「犬になりたい…」
「…」
「ちょっと眠っていい?」
「あぁ…」
「あったかいな…」

私は左手を空けた。
真美の髪を撫でた。


「闇を探さなきゃ…」
車を走らせながら、膝の上の真美に言った。
「…ん? …なんで?」
真美は私の腿をずっと撫でている。
「僕がどんな境遇か知ってるだろ?」
「…上司?」
「違うよ、プライベート…」
と、真美は突然身を起こして、拗ねた様に窓の外を見た。
私は前を向いたまま言葉を重ねた。
「僕は話を聞くだけだよ。」
正直真美がいきなり膝の上に乗った時、この子の話の内容がなんであれ私は嬉しかったのだが、「女心」なんて言葉を聞くとそれはより都合のいい内容に想像するのが普通だろう。
だが恐れもある。
社内恋愛にうるさい会社以上に、私は結婚している。
都合のいい予想が当たってしまえば、私は喜びと同時に恐怖を得ることになってしまう。
とにかく今は誰にも見られたくないのだ。
「…そうなんだ…話聞くだけなんだ…だったら話さない。」
真美も横を見たまま篭った声で言った。
(とにかく闇を探さなきゃ…)
私はアクセルを踏み直した。
「あの場所」が一気に近付いて来た…

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