皮膚の壁
一月二十日:作

■ 9

まだ私が真美に一方的に話すだけだった頃、話題に詰まっていた私は真美に家庭のことを話した。
家内とのなれそめとか、子供とのドライブとか…
真美はただ無表情で聞いているだけだったが、能面づらだった真美の口から唯一出た言葉が

「なんでそんな話私にするんですか?」

それだった。
私は「しまった」と思った。真美の生い立ちを聞いていたのにこんな話をするとは…
そしてまた今、それに追い討ちをかけてしまった様だ。

車はこの街の山の麓まで来ていた。山で囲まれたこの街の限界だ。私の気持も限界まで来ていた。どこかで車を停め、真美の心を少しでもほぐさねば。
麓には寺院が密集していた。その中のいちばん著名な寺院の駐車場なら、夜間でも車を置けるし、車内はほとんど見えないはずだ。
心を決め、そこに向かった。


幸い駐車場に車はなかった。
それでも慎重に隅へ進んで、前進のまま停めた。
エンジンを切り、先ほど一瞥しただけの真美の贈りものを後部座席から取った。
その気配を感じた真美は
「今さらそんなもん取ったって仕方ないじゃんか!」
と、ずいぶん荒れた声で言った。
この子のどの声・どの話し方が一体本物なんだ…? 私は微かな恐怖を感じた。しかしそれはこの上ない玩具を貰った様な喜びに変わった。
「喜び」と言うより「悦び」か…

「ごめんな…」

コンビニの袋からぬるくなった缶コーヒーを出した。袋を覗くとそこには、湿ってしまったチキンの袋と、何故かいくつかのおつまみの袋に、飴やグミの箱まで入っていた。


「ごめん…これって…」
「…私のお菓子も入ってんの…」
「ごめんなぁ…本当に…いただくよ。」
真美は泣きそうな顔をしていた。
しかし本当に分からない。
もうあの猫なで声のトーンになっている。
缶コーヒーを開け、チキンを齧った。
「無理しなくていいんですよっ。」
真美は笑ってそう言う。
「無理なんかしてない。美味いよ。」
「そーお? 本当に? 無理してなぁい?」
「無理してないって。僕はぬるいの好きなんだ。…いや、嘘じゃない。熱いの苦手だから。」
「じゃ、ホットにしたのやっぱり嫌だったんだ…」
真美はまた頬を膨らました。
真美の魅力をまたそこに見つけた。真美は頬を膨らます時、かならず右側だけを膨らます。きっと無意識だろうが、それが却って拗ねた表情を増幅させる。
「…なぁ、話、してくれよ。」
「聞きたい?」
「話したいんだろ?」
「私に言わすんだ…」
「でもそう言ったから…」
「じゃ、言わない。」
「…」
「聞きたいって言ってよ。」
「女心?」
「…うん。」
「分かった…聞きたい。」
「ほらまた余計なこと言う…」
「え?」
「分かったなんて言わないの!」
「…あぁ…聞きたい。聞きたいよ。」
「本当に聞きたい?」
「うん!」
「聞きたぁい?」
あぁ、これは勝ったのか負けたのかどっちなんだ…?
たまらず真美を見つめた。
「…ん?」
真美が見つめ返した。

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