皮膚の壁
一月二十日:作

■ 12

「彼女元気かい?」
望月が肩越しに話し掛けて来た。
私はこいつが半分好きで半分嫌いだ。
性格はなかなかいい奴だ。同性には…だが。
話し方も気さくだ…異性にとってはこれが罠になるだろうが。
しかし生理的にはどうだろう? なんとなく粘っこい顔をしている。赤ら顔で、いつも汗をかいている。髪は縮れていて、口を開ければ唾が糸を引きそうだ。
背も160センチそこそこと低い。私もそう高い方ではないが、それでも一応170センチ近い。
何より横幅が広い。私はかなり細い方だ。望月の体重を聞いたことがあるが、私より20キロも重かった。
私はそんな具合に無意識に望月と自分を比較しながら、望月とほぼ対極にある自分にホッとしていた。
真美が望月を嫌うということは、対照的な私を好む確率が高いと勝手に解釈してもいたから。
「ま、あの通りだよ。」
私は真美に目を遣った。
「あ、ちょっといいか?」
ここで話すのはまずいと思った。
「ま、ちょっとくらいならいいぜ。」
私は煙草を吸いに出る感じで望月と表へ出た。

「なぁ、中野、お前は彼女と俺、似合うと思うかい?」
「うん…あまり考えたこともないけど…」
「俺は彼女と上手く行きそうだけどな。」

煙草に火を点けた。

「なぁ、丹羽さん(真美は丹羽という姓だ)とお前は会って何してるんだ? 落ちそうとか言うけど、どこまで行ってるんだ? 関係とかしたのか?」

わざわざ真美を姓で呼んで、私は我関せずを装っていた。その実は嫉妬で頻繁に煙草を吹かしていた。望月の言葉次第では、奈落の底に落ちるんじゃないかという不安や、いっそ落ちたら却って真美の魅力が増すんじゃないかという自虐的な期待が入り乱れた気分だった。

「関係はしてない。キスさえあいつはさせてくれないんだよな…」

望月のこの言葉に、ホッとする反面、少し落胆もした。

「じゃ、なぜ『落ちそう』なんだい?」
「あぁ、俺も今はまだ慎重だからさ、断られれば深追いはしないんだけどな…そうするとあいつ、悲しそうな目、するんだよなぁ〜」
「え?」
「なんていうのかなぁ…猫みたいなもんかなぁ…追えば逃げるし、相手にしなければ擦り寄って来るみたいな…
そう言やさ、あいつ、美人じゃないけど、なんか猫みたいなかわいい顔してないか?」
「そうかなぁ…意識したことはないなぁ…」

…全く同感だった…
望月もそう思っていたか…
ある意味恋敵ではあるが、こういう時、同性の間には奇妙な連帯感が生まれるものだとこの時思った。


猫…
確かに女性には「猫」と「犬」がいると思う。
男性でもそうかも知れない。だが根本は男性が犬で女性が猫だろう。女性は精神年齢が高い。それだけ複雑で打算的だ。

真美の場合、猫×猫=魔性…そんな数式が当てはまる様な気がする。

猫を相手にする場合、猫に素直になってはいけない。なったら猫の思う壺だ。
男という単純で阿呆な犬がまともに猫と闘ったところで、最後は笑われるのがオチだ…

「俺は…」
「ん?」
「なぁ望月、やっぱり押さなきゃと思うよ。」
「そうかな?」
「あぁ、丹羽さんはさ、きっと愛情に餓えてるんだよ。お前さんを拒むのは、言い換えればお前さんに気にして欲しいっていうことじゃないのかい?」
「…そう思うか?」
「今度、誘ってみたらどうだ?」
「どこにだよ?」
「決まってるだろ? 夜行く所だよ。」
「う〜ん…」
「間違いないって。丹羽さんはお前に惚れてると思う。」
「うん…」
「行け。」
「そうだな…あの目はそうに決まってるな。」

私は下半身の力が抜けて行くのを感じた。なんて卑劣な奴なんだろうと心の片隅で思った。しかしこうでもしなければ真美に勝てない。
自分の気持の正直な部分がそんな単純な勝ち負けの世界とは…

自分も望月もやはり犬だと思った。

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