皮膚の壁
一月二十日:作

■ 13

2・3日して真美からメールが入った。
しかもすぐ隣から。
それは朝礼の場だった。
私の会社は毎朝事務所で朝礼をする。
社員が横一列に並んで、各部署の長の形式的な報告事を聞くだけだが。
真美は大概私の隣に立つ。
傍目から見れば直接の部下と上司だから違和感はない。
携帯はマナーモードにしていたから、ズボンの右ポケットでぶるぶる震動した。
さりげなく半分ほど出して開いたら、真美からだったのだ。
真美は知らん顔して前を見ている。
朝日の中に真美の横顔が映える。
真美の横顔はまるでギリシャの彫刻の様だ。
正面から見ると古風な能面の様だが、横から見ると案外鼻が高いのが分かる。
メールの中身を開きたかったが開ける状態ではなかった。
退屈な訓辞が続いている。
微動だにしない制服姿の真美をちらちらと見ていた。
この時もまだ髪は黒かった。とは言ってもそれは私なりの「ノーマル」の表現で、実際の真美の髪は黒よりも茶色に近い。
真美の身体は全体に控えめな色をしている。

「望月さんに襲われそう。怖いの。」
朝礼が終わり、席に帰ってメールを開いた。
それとなく顔を上げると、向かいの席で真美がPCに向かっている。こちらには全く無関心を装っている。
真美の瞳に画面の青い明かりが反射している。私にはそれが真美の怒りの炎に見えた。
もっとも真美は私と望月の会話を知らない。
炎は私の後ろめたさが点けたものだ。
「どうしたんだい?」
それだけ打って送信した。
真美の携帯が鳴った。
真美は一瞥し、席を外した。

真美の後を追って外へ出た。
真美は廊下に立っていた。
「外へ出よう。」
真美を先に行かせ、表へ出た。少し歩いた辺りにコンビニがある。そこなら今の時間帯は社内の人の目は届かないだろう。
「コンビニへ行ってて。」
そうメールを打った。真美はまた一瞥し、早足でコンビニへ向かった。
少し遅れてコンビニに着いた。真美は私が入るなり泣きそうな顔を見せた。
店の隅へ真美を誘って小声で話した。
「なんかあったか?」
「夕べ誘われたから会ったの。」
「望月に?」
「うん。」
「で?」
「目付き変だった。」
「…」
「怖かった。」
「…で、どうした?」
「晩ご飯食べようって言われたけど断った。」
「そしたら?」
「いきなり腕掴まれた。」
「で?」
「振り切って逃げたの。」
「あいつは?」
「ちぇっとか言ってた。」
「追って来た?」
「待てよとは言ってたけど追って来なかった。」
「そうか…とにかく何もなくてよかった。」

…半分はがっかり、半分はホッとした心境だった。
この時ばかりは自己嫌悪が一瞬襲った。
思わず真美に言った。
なぜか真美を抱きたかった。

「なぁ…」
「ん?」
「今夜、会おうか?」
「え?」
「いや…ここでは落ち着いて話せないから。」
「ねぇ…」
「ん?」
「会ったらちょっとだけ抱いてくれる?」
「え?」
「だめ?」
「…あぁ、いいよ。」

真美の顔がほころんだ。この時初めて真美に八重歯があることを知った。

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