皮膚の壁
一月二十日:作

■ 19

私はこの冷たい声の女性を自分の手の内に入れている。
この女性の身体の隅々まで知っている。
この女性の過去の恥ずかしい体験も知っている。
この女性は私を好きになった。
この女性は身体の全てを見せた。
この女性は私の好まない匂いまで嗅がせた。
この女性は自分の過去も話した。
自慰とか自分のおならとか言う言葉までこの声で私に聞かせた。
私はこの女性の何もかも征服した。
しかし何故か私は満たされない。
いや、満たされたくないのだ。
満たされたらつまらない。
だから望月をけしかけた。
そして嫉妬した。
そして…
今また抱いている。
舐めている。
摘まんでいる。
ほじくっている。
つねっている。
叩いている。
噛んでいる。
しかし…
この声の裏にある本当の気持…
真美の本当の気持がまだ分からない。
これはどうしても自分が老けている事から来る不安なのだ。
そんな悶々とした私の気持は歪み、捻じ曲がって、真美に心にもない言葉を振り掛ける。

「望月とはその後どう?」
「何でそんなこと聞くの?」
「いや別に。」
「望月さんから聞いた。」
「何を?」
「あなたが望月さんに私に迫れって言ってるんだって。ほんとなの?」
「え?…いや…それは望月が真美のことを好きだって言うから…じゃ、言ってみたらどうだって…でも、僕が真美を好きだからやめろって言う権利はない。」
「奥さんがいるからでしょ?」
「…あぁ、そうだ。家庭を守るのは僕の義務だ。」

いつからかこんな会話を交わす様になっていた。
半ば終わりだと思っていた。

「家庭? なんなのそれ!」
真美は苛立つ。
「義務だよ。愛は無い。」
「義務でも私より上にあるんだ。ねぇ、何でさぁ、こんな小娘ひとりものに出来ないの?」
「え?」
「好きなんだよ、本当に。」
「あぁ…分かるけど…」
「もう…私はなんなのよ。身体だけ?」
「いや、そうじゃないけど。」

最近車の中ではこんな会話ばかりだ。
と、真美の携帯が鳴った。メールの着信だった。

「誰?」
「誰でもいいじゃん。」
「それはそうだけど…」
「新しい上司よ。」

そう、あの新しい上司が来た頃、私達はこんな会話をしていた。
そいつは社内で女性問題を引き起こし私と真美のいる部署に半ば左遷されて来たのだ。
そして早速真美に興味を持ったらしい。

「どこか行かないか? だってさ。」

新たな嫉妬が渦巻く。

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