ボクらの秘密
木暮香瑠:作

■ 過ぎた好奇心5

「健、姉ちゃんに電話掛けろよ」
 武彦は、実にメモを渡しながらボクに言った。メモには、武彦が考えた姉ちゃんへの脅迫の台詞が書かれている。

「ふうぅー」
 ボクは、はやる気持ちを落ち着かせようと一息ついた。姉ちゃんの携帯の番号を押す指が、小さく震えている。寝坊の姉ちゃんは、今ごろちょうど起きたばかりの筈だ。きっと一人で、パジャマ姿のまま自分の部屋のテレビを眠気眼で見てる筈だ。呼び出し音が聞こえたのを確認し、僕は電話を実に渡した。

 数回呼び出し音が聞こえた後、電話から姉ちゃんの声が洩れてきた。
《もしもし……》
「こ、近藤理沙だな。おまえのお、弟の健を預かった。無事に帰して欲しかったら、小学校の北側の用具倉庫に来い。もし、このことを誰かにしゃっ、喋ったら、健は無事だと思うな! いっ、いいな……、すっ、すぐ来るんだ!」
 実の声がいつもより高い。あんなに練習したのに、所々詰まっている。実も、やっぱり緊張しているんだ。
《だれ? だれなの? なに? 何なの? 健?……》
 姉ちゃんの声には、全て疑問符が付いている。いたずらかもと疑っているみたいだ。これも、ボクたちは予定のことだ。ボクはありったけの演技をし、電話に向かって叫んだ。
「ね、姉ちゃん!! 助けて、助けて……」
《健! 健なのね、無事なの?……》
「いいか! 誰にも喋らず来るんだぞ! さもないと……」
 実は、念を押すように早口で喋りたてた。そして、電話を切った。
「はあ、はあ、はあ、これでよかったか?」
 緊張からか、実の息が荒い。
「上出来、上出来! さあ、急ご。時間はねえぞ!」
 ボクたちは学校の倉庫に急いだ。姉ちゃんが来るまでは、20分くらいしか時間がない。

 ボクらは、いつもの倍くらいの速さで走った。学校に着いた時には、みんな息が上がっていた。倉庫の軋む扉を開け中に入る。湿り気を帯びた空気がボクらを包み、そこだけが空気が薄いかのように息苦しい。はあ、はあ、はあ、と息を切らしたボクらは、呼吸を整えるのも惜しんで準備に取り掛かった。隠れる場所や縄などは、昨日のうちに準備しておいた。

 ボクは、天井から伸びた縄に両手を頭の上で結ばれた。縄は、昨日のうちに天井の梁に結んでおいた。姉ちゃんが服を脱ぎやすいよう、床にはマットも敷いておいた。亮太は、ボクの横に立っている。ナイフを手に落ち着きが無い。
「おい、本当にすぐ解けるんだろうな」
 ボクは、姉ちゃんにばれた時、すぐ逃げられることを確認する。
「大丈夫だ。結び目は蝶々結びになってるから、この端を引っ張ればすぐ解けるさ。亮太、脱げる時はここ、引っ張って解いてやってくれ。いいな」
 武彦が亮太に説明する。でも、ボクらが姉ちゃんから逃げきれたとしても、ボクは姉ちゃんと同じ家に帰ることに気付いていなかった。その場を逃げることしか考える余裕が無かった。

「みんな、動くなよ! 音を立てるとばれちゃうからな。さあ、隠れよう」
 ボクと亮太を残して、他の三人は予め決めていた場所に身を隠した。実と武彦は、亮太の後ろ、運動会用の看板の陰に隠れた。一樹は、ボクと亮太を挟んだ反対側の看板の後ろだ。看板には昨日のうちに、黒い文字の部分に覗けるように5mmくらいの穴を開けておいた。これで準備は全て整った。後は姉ちゃんが来るのを待つばかりだ。

 姉ちゃんを待つ時間が凄く長く感じる。亮太は、ボクの横でナイフを手にそわそわしている。頭の上で両手を縛られているボクには、作戦がうまくいくことを祈ることしかできない。唯一の不安は、姉がボクを助ける為に服を脱ぐだろうかと言うことだ。いやっ、絶対ボクを助けてくれる、助ける為に服を脱いでくれると信じるしかなかった。

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