ボクらの秘密
木暮香瑠:作

■ 同じ屋根の下の少女1

 日曜日、僕は遊び疲れて家に帰った。
「ただいまーー。ご飯まだあ?」
 玄関に入るなり、僕は大きな声を出した。そろそろ夕食も用意されているだろうと、ペコペコのお腹を摩りながら玄関に入った。玄関には、見慣れない大人の靴と子供の女の子用の靴がちゃんと揃えてある。

 お客様かな? 僕は、リビングをそうっと覗いた。そこには、美紀と美紀のお父さんがボクの両親と笑顔で話をしていた。
 何で美紀がいるんだ? それもお父さんと……。不思議に思ってる僕に気付いた母ちゃんが、ぼくに気付いた。
「健、こちらに来なさい」
「はあーい」
 僕は、不思議な顔を修正できないままリビングに入り、話の輪に入った。

「いつも遊んでばかりで……、少しは美紀ちゃんを見習いなさい。学校帰りも道草ばかりなんだから……」
 座るなり母ちゃんの小言だ。嫌になる。僕の膨れっ面を見た美紀がクスリと笑いやがる。
「美紀ちゃんは成績もいいし、言葉使いもちゃんとしてるし……、健も見習って欲しいわ」
 僕は、益々不機嫌になる。クラス一の優等生の美紀と比べられては敵わない。何で美紀がここにいるんだ! ここに美紀がいるのが悪い! 僕は美紀を睨みつけた。しかし、美紀は涼しい顔だ。頭にくる! 夕ご飯前から気分が悪い。

 僕の不機嫌をよそに、僕の両親と美紀のお父さんの話は続く。僕は両親たちの目を盗み、美紀にアッカンベーとしてやった。美紀も、イーッとやり返してくる。生意気な女だ、美紀ってヤツは……。僕はもう一度、アッカンベーをした。

「健!! 聞いてんの? 本当に落ち着きのない子供なんだから」
 あっ、母ちゃんに見つかった。しかし、美紀たちがいる手前、あまり怒らない。助かった、美紀がいるのも役に立つこともあるな。
「えっ? 何々?」
 僕は聞き直した。僕に関係のある話だったのかな? 関係ある話なら、最初にそう言ってくれよ。
「だから、来週から月曜日から金曜日まで美紀ちゃんが夕食は家で食べるからね。判った!?」
「えっ? ど、どうして?」
 キョトンとした顔の僕を見て、母ちゃんが呆れている。
「さっき言ったじゃない。本当に何も聞いてないんだから……。困った子ね」
 どうもさっきからの話は、美紀が学校が終わった後、僕の家へ寄るってことを話していたらしい。



 要はこういう話らしい。美紀の家庭は、この前、離婚した。お父さんの帰りはいつも遅い。仕事が忙しいらしい。今までは美紀が一人で夕食を作り食べていたが、それを心配に思った美紀のお父さんが、夕食を僕の家で一緒に食べることを頼みに来たらしい。最近は、小学生の女の子が被害に遭う事件をテレビのニュースで聞くことも多い。そのことが、一人でいるのは心配だと言う思いを強くさせたらしい。美紀のお父さんと僕の父ちゃん、母ちゃんは、小学校からの親友だ。一番信頼して頼める相手みたいだ。それに、僕の家は薬局でいつも近くに両親が居る。仕事が終わったら美紀のお父さんが、僕の家に迎えに来るらしい。放課後から夜の九時過ぎまで、美紀は僕の家で過ごすことになる。宿題するのも、夕食もお風呂も……。

 なんて酷い話だ。これからずっと、僕は美紀と比べられるのか? 母ちゃんの小言を聞かされるのか? 今までは、ちゃらんぽらんな姉ちゃんしかいなかったので、比べて叱られることはなかった。外では評判いいみたいだけど、姉ちゃん……。成績も中の下の姉ちゃんのお陰で、僕の成績の悪いのもあまり気にならなかった。しかし、美紀と比べられては敵わない。何しろ美紀は、成績抜群、運動神経だって女子にしては良い方だ。ドッジボールで男子と対等に張り合えるのは、美紀だけだ。僕も何度か美紀にやられたことがある。



「あら、美紀ちゃん来てたの?」
 げっ! 姉ちゃんまで帰ってきた。廊下から覗き込んでいる。
「お姉さん、お帰りなさい」
 お前の姉ちゃんじゃねえだろ。プイッと横を向き、心の中で突っ込んでる僕をよそに、母ちゃんは姉ちゃんに事情を説明している。
「わあ、嬉しい。妹欲しかったんだ。こんな生意気な弟だけだとね……。美紀ちゃん、よろしくね」
 姉ちゃんは、横目で僕をチラッと見て皮肉たっぷりに言う。姉ちゃんまで美紀派かよ。でも姉ちゃんは、本当に喜んでいるみたいだ。僕のことを、妹だったら良かったのにといつも言う。少しはありがたく思え! 姉ちゃん思いの弟を持ったことを……。姉ちゃんにフェラチオ教えてやったの俺だぞ。でも、そのお陰でこっぴどく怒られたけど……。

 僕の困惑をよそに話は進んでいる。
「美紀ちゃん、明日からは健を連れて帰ってきてね、道草しないように……。宿題も見てやってネ」
「はい!」
 母ちゃんのいつもとは違う優しい声に、美紀も元気に返事する。
「どう言う事だよ。何で俺が美紀に連れて帰ってもらわなきゃいけないんだよ。痛っ!!」
 文句を言う僕の頭を、姉ちゃんが笑顔で打った。なんだよ、痛ててて……。みんな美紀の味方かよ。拒むことも言い訳も許されない雰囲気だ。

 ぼくは、美紀ばかり褒められ僕ばかり貶されるのが気に喰わなかった。だいたい、何で美紀がここにいるんだ。話は判ったけど、やっぱり気に喰わない。僕は、美紀を睨みつけた。それに気付いた姉ちゃんが、今度は拳を作った手でグリグリと頭を押さえつける。痛てててて……。僕の憂鬱な生活が始まりそうだ。

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