ボクらの秘密
木暮香瑠:作

■ 同じ屋根の下の少女2

「健、帰るわよ。早く仕度してよ」
 放課後、僕が友達と何して遊ぼうかと話していると、帰り支度を終えた美紀が言った。呼び捨てかよとむっとするが、これからの生活を考えると文句も言わない方がいい気がする。今日のところは素直に話しを聞いたほうが身のためだ。初日から美紀を敵に廻すことは、家での僕の立場を悪くする。

「ええっ? 健、美紀と一緒に帰るのか?」
「遊びに行かないのかよ」
 武彦と亮太が、驚いた顔で言う。僕が学校帰りに寄り道しないことも、美紀と一緒に帰ることも驚きの出来事だろう。でも、僕は美紀と帰る気はない。いつも通り、遊ぶ気でいた。
「美紀、一人で帰れよ。俺、遊んでから帰るからよ」
「お母さんに頼まれてるんだから……。寄り道せず、つれて帰るようにって」
 美紀は、腰に手を当て僕らを見下ろすように仁王立ちしていった。美紀の可愛くない所は、妙に責任感のあるところだ。学校で決まったことや約束を絶対に破らない。それがどんなに些細なことでもだ。

「でもなんで美紀が、健を連れて帰るんだよ」
 武彦は、目を丸くして僕と美紀を交互に見た。僕は仕方なく、昨日のことを話した。しばらくの間、美紀が僕の家で夜まで暮らすことを……。
「ええっ?? 美紀と健、一緒に暮らしてんの?」
「同棲じゃん、いつのまにそんな仲になってたんだよ」
 みんな想像を膨らませている、それも僕にとって都合の悪い方向に。平凡な小学校生活を少しでも面白い方向に持っていくよう、冷やかしのネタを探しているんだ。
「ち、違うよ。何で俺が美紀と……」
 僕はむきになって否定した。しかし、僕がむきになればなるほど面白がってからかうやつらだ。みんな、目を輝かせている。平凡な生活の中に見つけた、久々の面白ネタだ。
「いいな。美紀と一緒に暮らしてんのか……」
「だから違うって……」
 僕も必死で否定する。が、否定すればするほどみんな面白がり、僕を冷やかす。

「美紀ちゃん……、わたしと帰らないの?」
 彩ちゃんが、寂しそうな顔で言う。彩ちゃんと美紀は、いつも一緒に帰っている。一人で帰るのが寂しいんだろうか。それとも友達を取られるみたいな気持ちになるんだろうか。女心は難しい。
「彩ちゃん、途中まで一緒に帰ろっ!」
 美紀は、彩ちゃんも誘った。
「うん!」
 彩ちゃんの顔が嬉しいそうに笑った。

 僕は、美紀と彩ちゃんに両側を挟まれ帰り道を歩かされた。大人は、こんな状況を『両手に花』と言うかも知れないけど、僕にとっては恥ずかしいだけだ。少し距離を置いて、悪友たちが冷やかし半分で付いて来る。

 彩ちゃんは、ひっきりなしで話しかけてくる。今日の宿題のこと、いつも見てるテレビドラマのこと、僕は適当に相槌を打ちながらも意識は後ろを着いて来る悪友達に向けられていた。

「色男は辛いよな。男友達より彼女かよ」
 わざと聞こえるように言う。
「男の友情って脆いもんだね。嫁さんの尻に敷かれてみっともない」
 嫁さんじゃあねえ! 家に帰っての俺の辛い立場、知ってんのかよ。親友なら判ってくれよ。
 明らかにからかっている。僕の苦虫を潰したような表情を覗き見ながら楽しんでいる。美紀は、後ろについてくるやつらを完全無視と決め込んでいるようだ。そんな中、彩ちゃんだけは楽しそうに次から次へと話しかけてくる。

 商店街と住宅街へと向かう分かれ道に差し掛かった。僕の家は商店街、彩ちゃんの家は住宅街にある。この交差点で別々の道を進むことになる。
「また明日ね。バイバイ」
 美紀と一緒に、僕も彩ちゃんに向かって手を振る。別れるとき、彩ちゃんの顔が再び寂しそうになる。寂しそうっていうより、何か不安を抱いているような表情だ。僕にはその意味が解らなかった。俯いたまま奔って帰る彩ちゃんの後姿が小さくなっていく。

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