ボクらの秘密
木暮香瑠:作

■ お泊り1

「健! 早く起きなさい」
 ボクの至福の時を、かあちゃんの声が突然絶ちきった。おやっ? でもいつものどなり声と違うぞ?
「早く起きなさいったら! 健!」
 どうした? よそ行きの声だ。おかしいぞ! やばい! 何か不吉な予感がする。
 ボクは、急いで服を着てランドセルに教科書を詰め込み、そしてキッチンへ急いだ。

 でも、キッチンにはかあちゃんはいなかった。玄関から声が聞こえてくる。ボクは、ドアから玄関を覗いた。
「早く朝ごはん食べて! ごめんね美紀ちゃん、待たせちゃって」
 ボクが覗いてるのに気づいたかあちゃんは、よそ行きの声でボクに言う。
「いえ、おばさん。まだ間に合いますから」
 大きな鞄をさげた美紀も笑顔で言う。美紀までよそ行きだ。何があったんだ? あの大きな鞄はなんだ?
「なんでお前が朝から居るんだよ」
 ボクは、口を尖らせて美紀を睨んだ。美紀は、ふんっとそっぽを向いてボクを無視した。いつもなら、一言二言文句を、いや、10個は文句を言い返すくせに大人がいると良い子ぶるんだよな。

 美紀が朝からボクの家にいる訳は、こう言うことらしい。美紀のお父さんが出張で家を留守にするらしい。今晩留守にするので、美紀一人をお留守番させる訳にはいかないと言うことらしい。クラスでは最強の女子と言っても、しょせんは小学生の女の子だ。今の世の中、何が起こるかわからない。美紀を襲う愚か者もいるかもしれない。やっぱり危険だ。女の子を一人にするのは……。ボクはそう思わないけど、世間一般ではそう思うらしい。襲われても、美紀なら金○蹴って反対にやっつけると思うけどなあ……。

「じゃあ美由紀さん、お願いします」
「ええ、任せて頂戴。安心して出張して頂戴」
 かあちゃんと美紀のおじちゃんがにこやかに話してる。おじちゃんの横で澄ましてる美紀は隙を見て、あっかんべーをボクにしてきた。かちんと来たボクもあっかんべーを仕返した。偶然振り返ったかあちゃんにそれを見つかってしまった。
「あんた! 何してんの!!」
 ゴツン!!
 グーで殴られる。
「いててて……、だって美紀が……」
「人のせいにするんじゃないのっ! 早くご飯食べちゃいなさい!」
 美紀が現れるとろくなことがない。ボクは、頭をさすりながらキッチンに戻った。

 目玉焼きを胃の中に放り込み、パンを口にくわえ玄関に行った。車の走り出す音が聞こえたから、美紀のお父さんは出発したのだろう。玄関にはおじちゃんの姿はもうなかった。ボクと入れ違いに、かあちゃんが美紀の持っていた鞄を持ってきた。とりあえずリビングに置いておくのだろう。
 あの中には、美紀の着替えが入ってるんだろうな。って言うことは、美紀のブラジャー、パンツも入ってるのかなあ。いやっ、きっと入ってる、絶対入ってる。うひひ、何色かな? どんな形かな? 忙しいこんな時でも、妄想だけは辞められない。思春期の男にとって妄想は、麻薬みたいなものだ。一度始めたら辞めるに辞められない。ボクは玄関で待ってる美紀をニヤケた目で見てしまった。今日はどんなパンツ履いてるのかな。ブラジャーの色は何色? そんなことを考えてしまう。
「何おかしな目で見てるの?」
「いやっ、何も」
 ボクはしらを切った。
「ふんっ、おかしいの。じゃあ行こう」
 美紀は、不審に思ってるみたいだ。でも、それ以上何も言わず、ボクらは学校に向かった。

「おい、美紀! 少し離れて歩けよ」
 ボクは美紀に向かって言った。
「なんでよ」
「いいからちょっと離れろって……」
 ただでさえ、美紀が放課後、一旦ボクの家に帰るようになって、いろんな噂を立てるヤツがいる。『いつ結婚したんだ? オレ、披露宴に呼ばれなかったなあ』とか、『新婚さん』とか言われてる。まあ、大体はやっかみ
、からかいの類なのだが……。美紀は、以外と人気があるんだなあ。やっかみの対象になるなんて。成績もいいし、明るくて活発だし、それにスタイルもいいし……。なんと言っても、クラスで一番最初にブラジャーをしてきたし……。
「どうしてよ。理由を言いなさいよ」
 美紀は、相変わらず理由を問いただしてくる。
「どうしても!」
 ボクは小走りして、美紀と距離を取った。

「おーい、健」
「美紀ちゃーーん」
 左右から声が掛かる。美紀に声を掛けたのは彩ちゃんだ。もう一つの声、ボクに声を掛けてくるのはいつもの四人だ。
「あっ、彩ちゃん、美紀ちゃん。おはよう」
 四人も彩ちゃんと美紀に気付き、挨拶を交わす。
「健と美紀、どうして一緒に登校してんの?」
 武彦が不思議がり訊ねてくる。
「偶然、偶然! 別になんでもないよ」
「そうかあ?」
「それよりさあ、昨日のテレビ……」
 ボクは話題を替えた。武彦の疑問は消えなかったが、テレビの話題に乗ってきた。ボクらはいつもの五人で、美紀は彩ちゃんとお喋りを始めた。

 美紀と彩ちゃんは、ボクらの少し後ろを歩きながらお喋りしている。
「えっ! 健君の家にお泊まりなの?」
 突然、彩ちゃんの叫び声が後から聞こえた。どうして一緒に登校してるか話をしていた流れで、美紀はボクの家に泊まることを彩ちゃんにしゃべってしまったみたいだ。
(やばい! みんなに知られてしまう)
 ボクの予想は的中してしまった。
「美紀ちゃん、健の家に泊まるんだ」
 ボクとしゃべっていたみんなが、美紀と彩ちゃんを取り囲んだ。
「泊まるの?」
「泊まるんだろ?」
 みんな執拗に、美紀に確認している。
「う、うん……」
 美紀も、みんなの執拗な責めに小さく頷いた。これで今日のクラスの話題はボクらに決定だ。一時間目が始まる前には、この噂はクラス中に広まるだろう。

 振り返って彩ちゃんを見ると、なにか切なそうな戸惑った顔をしている。どうしたんだろう。美紀がボクの家に泊まるのを気にしてるのかな?

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