ボクらの秘密
木暮香瑠:作

■ 水着とお尻と……1

「あら、美紀ちゃん、健はまだなの?」
 姉ちゃんが出かける時、美紀と話している。
「健! 早くしなさい!! 美紀ちゃんが待ってるよ!」
「健、早くう! 学校に遅刻しちゃうよ!!」
 姉ちゃんの声に続いて玄関から美紀の大声がする。最近、ボクのことは呼び捨てだ。喋り方も姉ちゃんに似てきた。学校ではみんなの目を気にして、今までどおり喋ってるから少しは救われているけど……。これは悪い兆候だ。
 完全にボクのことを下に見てる。ボクがいつも遅刻ぎりぎりなのを心配して、朝、迎えに来ている。
 完全にボクを見下している。お前に迎えに来て貰わなくても、ちゃんと学校に間に合うことくらいできるって……。そう言ってやりたいが、それを言うと美紀の機嫌が悪くなるから言わないだけだ。こんなところまで姉ちゃんに似てきてる。
 まあ、帰りはボクの家に一緒に帰ってくるんだから、朝も一緒でもいいかと諦めることにしだけなんだ。
 これだけは言っておく。別に美紀の尻に敷かれてるわけじゃない。負けてるわけじゃない。それから、美紀と一緒に登下校できるのを喜んでるわけじゃない。ただ、渋々付き合ってやってるだけなんだ。

「母ちゃん、水泳パンツ! 今日から水泳の授業があるって言っただろう。遅刻しちゃうよ」
「あら、そんなこと言ってた? 自分で用意しないのがダメなんでしょ!」
「怒るのは帰ってきてからでいいから、早く出してよ。ホントに遅刻しちゃうよ」
「ハイハイハイ」
 いつも返事は一回でいいって怒る母ちゃんが、『ハイ』を三回も言った。これだから大人は信用できない。

 ボクは母ちゃんから水着の入った袋を受け取ると、玄関で待ってる美紀のところへ急いだ。
「美紀! 行くぞ。遅刻するぞ」
「あんたの所為でしょ。本当に……」
「ほら、走らないと間に合わないぞ。行くぞ!!」
 靴を履くとボクは、美紀の手を取って玄関を勢いよく飛び出した。

 その時は何も気付かなかった。美紀の水着が入った袋を玄関に置いていたことを。それを手にせずに、僕に引っ張られて玄関を出たことを。遅刻しないように勢いよく飛び出すことしか頭に無かった。



「おはよう!」
 クラスのみんな、テンションが高い。今年初めてのプール授業のせいかな? まあ、確かにテンションは上がる。女子の水着姿、新しい発見があったりする。去年より明らかに胸が大きくなった子、女らしくなった子……。今から午後一番の体育の時間が楽しみだ。ボクらの期待に応えて、天気も晴天だ。



「あれっ? 袋が無い! 体操服袋がない」
「美紀ちゃん、どうしたの?」
「水着入れて、持ってきたはずなのに……」
 給食が終わって、美紀と彩ちゃんが何か話している。美紀は少し困ったような、彩ちゃんは心配そうに……。
「美紀ちゃん、忘れたの?」
「ううん、わたし、家を出るときはちゃんと持ってた」
 会話は突然、ボクに飛び火した。
「健! わたしの体操服袋、知らない?」
 ツカツカツカッとボクのところに来た美紀。両手を腰に当て座ってるボクを見下ろし言った。それも呼び捨てだ。絶対、美紀は怒っている。美紀の体操服袋なんて知るわけないじゃないか、お前の水着なんて見たくもないよ。絶対見たくない。いやっ、きっと見たくない。多分見たくない。見せてくれるって言うなら見てやっても良いけど……。
「俺と来る時は持ってなかったぞ」
 美紀の態度にボクも、少し怒ったように言い返した。

 美紀は天井を見上げ、少し考えてるようだ。そして何か思い出したように急に声を上げた。
「あっ、健の家に忘れてきた。玄関に置いてきちゃった。健を待ってる間、玄関に置いたんだ」
 顔は急に僕に向けられ、眉毛を吊り上げた。
「健が遅いからこうなるんだぞ! 遅刻しそうになって、いきなり私の手を引っ張って飛び出すから……。健の所為だ!」
 それはないよ。そんなの知らないよ。何でボクの所為なんだよ。

「美紀ちゃん、貸そうか? わたしの水着……」
 美紀の剣幕に弱り果ててるボクを見かねた彩ちゃんが、僕に助け舟を出した。
「彩ちゃん、どうするの? 彩ちゃんだって水着いるでしょ?」
 美紀の疑問に彩ちゃんは、美紀の耳元で何か呟いている。
「…………」
 美紀の目が、ハッと見開かれる。
「えっ!? 始まったの?」
「しっ!!」
 彩ちゃんは口の前で人差し指を立て、彩ちゃんの席に戻った。そして二人はボソボソと内緒話を始めた。さっきまで鉾先を向けられてボクは完全に蚊帳の外だ。……何を話してんだ? 僕を無視して……。

 彩ちゃんの席で美紀は、体操服袋を覗き込み何か話してる。ボクには聞こえないけど……。
「彩ちゃん。これ、スクール水着じゃないよ……」
「あっ、本当だ。ママ、間違えちゃってる。水着入れといてって頼んでたのに……」
「ママが……用意してくれるんだ……」
 その言葉には、母親の居ない美紀の羨む心情が篭っていた。
 彩ちゃんは、それを察し話題を変えた。
「先生に相談しよっ? ねっ、ねっ、ねっ。わたしが休むことと……、それから電話借りて、ママに電話して持って来てもらう、スクール水着」
 そうして美紀と彩ちゃんは教室を出て行った。
「気にしなくていいよ、彩ちゃん。わたし、気にしてないから……」
「うん」
 そして、美紀と彩ちゃんは職員室に向かった。先生に彩ちゃんが休むことの許しを貰って電話を借りるために。スクール水着をママに持ってきてもらうために……。

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