ボクらの秘密
木暮香瑠:作

■ 夏祭り1

「美紀ーー、早くしろよ!」
 ボクは、襖の向こうの美紀を急かした。姉ちゃんと美紀は、襖の向こうの部屋で着替えてる。

 今日は夏祭りだ。
 早めのお風呂に入って、そして美紀は母ちゃんに浴衣を着せて貰っている。姉ちゃんは自分で着替えているんだけど、化粧に時間が掛かってるんだ、きっと……。美紀はどうしてんだ? 着替えるだけで、何でこんなに時間が掛かるんだ? 男は何にも準備が要らないのに、女はどうしてこんなに時間が掛かるんだ? ボクなんか、いつもの短パンにいつものTシャツだぞ! お風呂だって、着替えだって、時間なんか掛からない。それなのに女ときたら……。

 ちょっと脹れていると、襖が開き母ちゃんの声がした。
「お待たせ……と。はい、いいわよ」
 母ちゃんの後から、浴衣を着た姉ちゃんと美紀が姿を現した。

 パステルグリーンの生地に赤やピンクの花が咲き乱れた美紀の浴衣。ちょっと可愛い。
 化粧してる? 唇が濡れたみたいに光ってる。頬もほんのり紅くなってるし……。悔しいけど……可愛い。姉ちゃんはケバい……、きっと彼氏とデートなんだ。夏祭りで決めて、今度こそ彼氏をゲットする気なんだ。その意欲が空回りしてる。

 ケバい姉ちゃんのお陰で、うっすらと化粧した美紀が可愛く見えてしまう。髪もセットして貰ってる。後はカチッと三つ編みにして、横は何箇所も色とりどりの髪留めでまとめ跳ねさせる。
 ん? それに……いい匂いがする。なんだ? 美紀の髪からする匂い……。あっ、姉ちゃんが大事に使ってるシャンプーとリンスの匂いだ。『これ、高いんだから』って、家族にも決して使わせないシャンプーとリンス。姉ちゃんだって、何か大切なことがある日、デートの日しか使わないシャンプーとリンスの香りだ。それを美紀に使わせたんだ。ボクが使った時なんか、一週間コブが消えないほどゲンコツを食らわせられたのに……。

 赤みを入れた頬、濡れたような唇、セットした髪の毛、特別なシャンプーとリンスの香り、そして浴衣……。ヤバイかも……。
「から揚げでも食ったのか? 唇がテカッてるぞ」
 ボクは、照れ隠しに美紀をからかった。
「バカ! グロスよ、グロスをお姉さんに塗って貰ったの!!」
「パンツは脱いだのか?」
 からかいついでに、ボクは美紀の浴衣に隠れてる股間を見詰めて言ってやった。
「??」
 美紀は、何言ってんの? って顔してる。
「だって、着物を着る時はパンツ履かないのが常識なんだろ?」
 美紀の疑問に答えるように、ボクは美紀を舐め回すように見て言ってやった。
「バカッ!」
 美紀の軽蔑の視線。どんな可愛い服を着ても、怒ってる美紀はやっぱりいつもの美紀だ。
「さあ、行くぞ。お前のためにこんなに遅くなったじゃないか」
 祭りの現場では、武彦たちが待っているはずだ。
「健! 待ちなさい」
 母ちゃんがボクを呼び止める。
「帽子、帽子!!」
 何言ってんだ?
「もう夕方だぞ! 帽子なんていらないよ」
 母ちゃんが持ってるのは麦藁帽子。いまどき、そんな帽子被ってるヤツなんていないよ。絶対イヤだ!!
「あら、そう……、夏祭りって言ったら、麦藁帽子は必須だと思うんだけどな、母さん……。信行くん、似合ってたのよねえ、夏祭りに被ってた麦藁帽子……」
 信行くんってのは、ボクの父ちゃんだ。二人の子供時代の思い出に付き合わされてもなあ……。
「いい! もう出かける」
 ボクは、母ちゃんをおいて玄関へ駆けた。



 ボクは姉ちゃん達と少し離れて前の方を歩いている。姉ちゃんはボクらのお目付け役を言い付けられているんだ。無駄遣いしないように、悪戯をしないように監視するように母ちゃんに言われてる。信用無いな、ボクたち……。でも、どうせ向こうに行ったら、お祭りの所に行ったら姉ちゃんは居なくなる。友達と約束があるっていってたから……。ボクだって姉ちゃんに付き添われるのは嫌だ。姉ちゃんに付き添われて夏祭りなんて、まるで子供じゃないか。そんなに子供じゃないぞ。
「ちょっと待ってよ」
 草履を履いた美紀が、裾が乱れるのを気にしてチョコチョコとした足取りで追ってきた。歩きにくそうだ。美紀もボクらと一緒に夏祭りを楽しむことになっている。姉ちゃんが消えるのは、美紀も承知してる。姉ちゃんとはぐれた事にするって言うことは打ち合わせ済みだ。これはきっと、姉ちゃん……、男と会うんだ。ボクだけじゃなく、美紀まで邪魔だってことは……。

「そんなに歩きにくいんだったら、浴衣なんか着るなよ」
「そんなこと言っても……。夏祭りって言ったら、やっぱり浴衣だし……」
 文句を言うために立ち止まったボクに追いついた美紀がボクに訊ねてきた。
「どう?」
 浴衣の袖を引っ張り、聞いてきた。ちょっと顔を横に向け恥ずかしそうに……。そして、帯びも見えるようにくるっと廻ってみせる。美紀も女の子なんだな……。いつもと違う服を着ると、他人の視線が気になるのか……。
「孫にも衣装だな」
 ボクは、機嫌を損ねないように目一杯、褒めた。これから楽しい夏祭りなんだ。少しでも楽しく夏祭りを楽しむために……。
「失礼ね! 馬子にも衣装だなんて!!」
 美紀の頬っぺたがぷーっと膨れる。何怒ってんだ? 美紀は……。何か気に障ること言った? ボクには何で美紀が怒っているのかわからない。せっかく目一杯褒めてやったのに……。美紀は知らないのか? 諺って言うもんを……。

「何怒ってんだ。褒めてやってんだぞ。孫は目に入れても痛くないほど可愛いって言うじゃないか。その孫が可愛い服を着たら鬼に金棒だぞ」
 ボクは、したり顔で言ってやった。
「あんた、マゴって孫だと思ってる?」
 美紀はボクの顔を覗き込み言った、呆れ顔で……。
「マゴマゴって、何言ってんだ?」
「マゴにも衣装のマゴって、孫じゃないのよ」
 美紀は哀れみの視線をボクに向けている。
「孫じゃないって、他に何があるんだよ。孫は孫じゃないか」
「うーーん、そうじゃなくて……、子供の子供の孫じゃなくて、馬に子供の子って書いて馬子よ」
「??? 馬の子供は服、着ないだろ」
 なんで馬の子供に衣装を着せなくちゃいけないんだ? 最近は犬に服を着せて喜んでるヤツもいるけど……。あんなの可笑しいよ、犬はちゃんと服の代わりに毛が生えてるのに……。
「バーーカ!」
 そう言いながら美紀が笑ってる。ボクの褒めている気持ちは伝わったのか、いつもの様に怒った顔じゃなかった。
「馬鹿って言うな! 何が可笑しいんだよ」
 ボクには、美紀の言ってるマゴの意味が全然判らなかった。

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