ボクらの秘密
木暮香瑠:作

■ 夏祭り2

 ボクと美紀が言い合ってる内に、姉ちゃんが追いついた。
「美紀ちゃん、歩きにくそうね」
「健が速いんだもん」
 美紀がほっぺたを膨らまし、横目にボクを睨んでる。
「ちょっと待って」
 姉ちゃんはそう言うと、美紀の浴衣の裾を捲り上げた。
 !?
 ボクと美紀が驚いているのも気にせず、裾を帯びに挟み込む。
「合わせ目が乱れないようにしないとね」
 そういって、裾の合わせ目を安全ピンで留めた。まるでミニスカートのようになった浴衣……。
「むかしね、女の子のバンドで、こういう衣装の娘たちが居たんだよね。普段穿いてるミニスカートよりは長いでしょ?」
 そう言いながら、裾の形を整える。美紀は、うんっと頷いた。
「はい! これで歩きやすいでしょ。でも、いつもの様に走ったりしちゃダメよ。せっかくの浴衣姿なんだから……」
 ボクは目のやり場に困っちゃう。確かに普段のミニスカートの方が短い。でも、浴衣から臨いた美紀の太腿は、なぜか見てはいけないもののように思えた。

 祭りの会場となる広場まで続く道の両側には夜店が並び、人で溢れている。いつもは車が我が物顔で通る道も、今日だけは人が主人公だ。車の通行止めにされた道には、いくつもの電線が渡され提灯が吊られている。吊られた提灯の明かりが、なぜか心をワクワクさせる。遠くから太鼓の音も聞こえてくる。広場では盆踊りが始まってるんだ。

 人ごみの中でも、美紀の格好は目立つようだ。
「あら、可愛いわね、その浴衣の着こなし……」
 知らないおばさんが、美紀の格好を褒める。一人や二人じゃない、何人も同じように美紀の格好を褒めていた。そのたびに美紀は、『ありがとうございます』と頭を下げている。まんざらでもないみたいだ。
「こりゃあ、武彦たち探すの大変だな……」
 ボクがキョロキョロとしていると、姉ちゃんは時計を気にしてた。一応、お目付け役として、ここまでは着いて来てる。時計を気にしてるから、お友達という名目の彼氏との待ち合わせまでには時間があるみたいだ。

「お姉さん、綿菓子、買っていい?」
 一応お目付け役の姉ちゃんに、美紀は訊いている。
「いいわよ」
「健君も買おう?」
 美紀がボクの手を引っ張る。恥ずかしいからやめろよ。
「いいよ、俺は……」
 一緒に買って、一緒に食べてたら、付き合ってるみたいに見えるじゃないか。そんなの……嫌だ。姉ちゃんに付き添われてるだけでも、子供に見られて嫌なのに……。
「健、買いなさい! 買ってきなさい!!」
「はいっ!」
 結局、姉ちゃんの一喝でボクも買うことになる。これは今日一日を楽しく過ごす為だぞ。姉ちゃんの機嫌を損なわないようにする為だぞ。決して美紀と一緒に綿菓子を食べたいわけじゃないぞ。ましてや、姉ちゃんが怖いわけでもないぞ。

 ボクは綿菓子を二つ買って、その一つを美紀に渡す。
「ありがとう」
 にこっと嬉しそうに微笑んで受け取る美紀に、なぜか胸がドクンッと鳴った。
「後は二人で楽しみなさい。私はお友達と待ち合わせしてるから。じゃあね」
 そう言うと姉ちゃんは、母ちゃんから預かっていたお小遣いをボクに手渡し、ボクらを残し人ごみの中に消えていく。えっ!? 美紀と二人っきり? 武彦、亮太、実、一樹……、誰でもいいから早く現れてくれよ。どこに居るんだ? みんな……。

「美味しいね、綿菓子……」
「話しかけんな! 付き合ってるって思われるじゃないか」
 みんなで居る時ならいいけど、二人っきりの時、仲良く話してるのを誰かに見られたら……。
「おっ・いっ・しっ・いっ・ね!!」
 美紀はムッとした表情で、厭味みたいに大きな声で話しかけてきた。バカッ!! みんなが振り向いて、こっち見てるじゃないか!

 美紀は、綿菓子を少しづつ口に含み味わっている。もっとガバガバと食べろよ。綿菓子なんて、口に入れたらすぐ溶けるんだから……。ボクなんか、もう割り箸だけになってるぞ。それなのに、美紀の綿菓子は半分以上残ってる。どうして女はこんなに時間が掛かるんだ? 出かける準備にしても、食べるのにしても……、あっ、トイレだって遅い! 『ちょっと』と言いながら、すごい時間待たされる。女が世の中の時間を無駄にしてるんだ! あっ! でも宿題をするのは早い。特に美紀は……。
「健くん、もう食べ終わったの? 食べる?」
 美紀が、自分が食べていた綿菓子をボクに差し出す。間接キスになっちゃうじゃないか。こんなとこ誰かに見られたら……。
「いいよ、美紀が食べろよ。お前、綿菓子好きだから買ったんだろ?」
「健くんだって好きでしょ? そんなに早く食べ終わるんだから」
 美紀はボクに綿菓子を差し出したままだ。

「けーーん!!」

 武彦の呼ぶ声に声に、ボクはドキッとした。別に驚くことは無いんだ。ここで、夏祭りの場所で待ち合わせしていたんだから。じゃあナゼ? 隣に美紀がいるから? でも、美紀が近くにいるのは今日に限ったことではない。美紀は、大抵、ボクの近くにいる。放課後は、お父さんが会社から帰ってくるまでボクの家で過ごすのはみんなが知っていることだ。浴衣姿の、薄化粧してる美紀がいるから? それを、少し可愛いと思っているボクがいるから?

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊