ボクらの秘密
木暮香瑠:作

■ 夏祭り5

「好都合だな。神社の方に行くぞ。俺たちと目的地は一緒だ、どうぞ」
 そりゃそうだ、この道は神社に真っ直ぐ繋がっている。だからボクはおかしいって思ってるんだ。みんなは変だと思わないのか? 高校生の二人がデートにこんな場所を選んだってことが……。さっき、『Hするかな?』って言ったのは本気じゃなかったのか? こんな人目につかないところで、お金の無い学生のカップルがすることって言ったら……、ボクの頭の中が不安で一杯になる。変態で、意地悪でボクを虐めてばかりの姉ちゃんだけど……。



 石段を登り神社の境内の方に向かう姉ちゃんと彼氏。ボクらは両脇の石灯篭に隠れながら、尾行を続ける。戦争ごっこを楽しんでいる。
「敵は神社の裏に廻りました、どうぞ」
「了解。悟られないように後をつけるぞ。見つかるんじゃないぞ、どうぞ」
 いまだにボクらの無線機ごっこは続いている。

 境内は意外に明るかった。その時初めて、今日は満月なんだと気付いた。月明かりって、こんなに明るいんだ。街の明かりがあると月明かりなんて気付かないのに……、街の明かりに慣れてると街灯がないとあんなに暗く感じたのに……。

 境内で何か話している二人。姉ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうにイヤイヤと身体を揺するが本当に嫌がってるようには見えない。可愛い子を装う演技だ。そして神社の裏の方に向かっていく姉ちゃんと彼氏。
「やべえ、花火隠してる所だ。取りに行けねえよ」
 そうだ、神社の裏手に花火を隠しているんだ。でも、この状態じゃ花火どころじゃないな。どっちにしても、姉ちゃん達が何を始めるかの方が気になって花火どころじゃないだろう。とりあえずボクらは、並んだ灯篭の影に隠れて姉ちゃんを見守った。

 神社の裏のちょっとした広場に置かれているベンチに座り、何か話している姉ちゃんと彼氏。
「なんかひょろっとして、お姉さんには似合わない男だよな」
 亮太が怒ったように言う。確かに背が高くて痩せてて、髪が長くてサラサラしてて男っぽいとは言えないな、あの男……。
「本当、あんな男、お姉さんには絶対釣り合わねえよ」
 実も同じように怒ったように言う。亮太や実に限らず、ボクの友人には姉ちゃんのファンが多い。
「あっ! あの野郎、健の姉ちゃんの腰に手、廻した」
 遂には野郎呼ばわりだ。

 腰に廻した手で引き寄せられた姉ちゃんの身体が男に寄り掛かる。
「近すぎねえか? あの二人……」
 嫉妬と良いものが見られるかもしれないという期待……、何も出来ない悔しさにチェッと舌打ちする。

 姉ちゃんも、男の肩に頭を載せている。冗談で言ってたことが現実味を帯びだした。本当にHする気なんじゃないだろうか。

 ボクらは、だんだんと喋らなくなる。冗談で言っていたことが本当になるかもしれない。期待と不安? が無口にさせてしまう。美紀も喋らない。姉ちゃんを心配してるのか、それとも興味があるのか……、ボクには判らないが確かに美紀も口を噤んでいる。手元で、金魚が二匹入ったビニール袋が揺れてるだけだ。ボクの不安は小さくなり、興味の方が大きくなっている。でも、ボクはこのまま見てて良いんだろうか? 興味はあるし、見てみたい気持ちもある。しかし、それが姉ちゃんのだなんて……。僕だけが見るのなら……、でもボクが見るということはみんなも見るわけで……。みんなの中には美紀もいる。……美紀にまで見せて良いんだろうか? そんな気持ちもぶっ飛ぶほど、ボクの心臓はドキドキしている。

「なっ、いいだろ?」
 別に大きな声で喋っている訳でもないのに、姉ちゃんたち二人の声はボクらの耳に染み込んでくる。夜の神社がこんなに静かだなんて……、今まで気付かなかった。
「ええ? だめえ……」
 姉ちゃんの声は、いつもより1オクターブ高い。まるで電話に出る時のように。ボクに話しかける時は、低くドスの効いた声なのに……。
「だれも居ないし……、誰も見てないし……、なっ、なっ」
「そんなつもりで来たんじゃないのに……」
 迷ってる風を装う姉ちゃん。ブリッ娘姉ちゃん全開だ。見てますよ、ボクら六人が……。ツッコミたいけど、それは出来ない。みんながこれからの展開に期待しているから……。

「判ってただろ? 理沙だって……。だから付いて来たんだろ? こんな人気の無いところ……」
 姉ちゃんを名前で呼び捨てだ。あの男、本気なのか? 身体を姉ちゃんの方に向け、両肩に手を置き真剣な顔で口説いてる。
「僕、我慢できないよ。やらしてくれよ」
 姉ちゃんの身体を揺すり迫る。
「だめえ、帯結べなくなちゃう」
 嘘をつけ! 自分で結んでたじゃないか! 浴衣の帯なんて、そんなに難しいもんじゃない! ボクはどっちの味方なんだ? 姉ちゃんの味方? それとも、これからの展開を期待するならあの男の味方……?

 ごくんっ……。

 一樹が唾を飲み込む。みんなも目を大きく見開いて、姉ちゃん達を見守っている。イヤらしい妄想が頭の中を巡り、ボクは言葉を失っていた。みんなも喋らないから、ボクと同じなんだろう。バクバクと鳴るボクの心臓。みんなも同じだ。静かでひっそりしているこの神社の裏……、ボクら六人の心臓の音が、ボクらを包み込んでいる。

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