ボクらの秘密
木暮香瑠:作

■ 暑さ対策は水遊び2

 田んぼの中を、ボクらの自転車は走っていく。この農道を通れば、30分で市民プールに着けるはずだ。でも、農道は太陽の日差しを遮るものが何もない。国道を通れば、街路樹や建物の陰が少しはあったのに……。ボクらは十分の時間を惜しんだ。少しでも早くOLさんたちのビキニ姿を見たいために。でも、なんでこんなに暑いんだ。プールに着く前に日射病で倒れてしまいそうだ。

「おーーーい、待ってくれよ、速いよ!」
 自転車の列の一番後ろから亮太の声がする。亮太のヤツ、美紀や彩ちゃんよりも遅い。カナヅチの亮太は、高校生に間違われる大きな身体に膨らました浮き輪を通している。自転車が漕ぎ辛いだろ。今から膨らましておく必要はないと思うんだけど……。

 市役所のビルとその向こうに茂った街路樹が見えてきた。ボクらのペダルに掛かる力が一気に強くなる。あの街路樹の向こうに市民体育センターがある。待ちわびたプールがある。OLのビキニがあるんだ。ボクらは、最後の力を振り絞り自転車を漕いだ。

「美紀、さっさと着替えろよ。おれ達、下に穿いてるから」
 プールの入り口で料金を払ったボクらは、美紀にだけそう言い放って更衣室に急いだ。

 更衣室の前で美紀と彩ちゃんが出てくるのを待っている。
「遅いなあ……、だから女はイヤだよ」
 実が、イライラしながら言う。早くお目当てのビキニいっぱいのプールに急ぎたいんだ。今まで美紀たちを女だなんて認めたこと無いボクらなのに、こんな時だけ女だと言う。きっと実のお父さんの口癖なんだろう。
「お待たせーーー」
 ボクらのイライラを知ってか知らずか、呑気な声で美紀たちが着替え終わって出てきた。美紀の水着はスクール水着だったけど、彩ちゃんは違っていた。上と下が離れている。お腹が見えている。上も下も三段のフリルで、下はフリルのスカートみたいだ。ボクらは、喋るのを止め彩ちゃんに視線を奪われた。ボクらがビキニ・ビキニと叫んでいたから、彩ちゃんは新しい水着をみんなに見せたかったんだ。ビキニじゃないけど、セパレートって言うの? お腹が出てることは同じだし、みんなが気に入ってくれると思ったみたいだ。カワイイ……、彩ちゃん……。

 でも、今のボクらには目標がある。彩ちゃんに、浮気をしているわけにはいかない。
「さあ、行こうぜ。早く!」
「おう!!!!」
 ボクらの掛け声が揃った、同じ目標に向かって……。この通路を抜けると、そこにはプールがある。そして目指す目標のOLさんのビキニ姿が……。巨乳の、お尻ムッチリのビキニ姿が……。
「ちょっと待った!」
 ボクらの威勢を遮り、身体の大きな亮太はおもむろにビーチバッグからサングラスを取り出した。そして、掛けた。
「おい、どうしたんだ? 似合わないサングラスなんか掛けて」
 僕らのキョトンとした表情も気にせず亮太が言う。
「これで大人に見えないか? OLさんをナンパして仲良くなるんだ」
 でも、コレは無理そうだ。亮太がサングラスを掛けても、ただの変なおっさんだ。どう考えても、もてそうにない。それに、お腹に巻いている浮き輪を何とかしなくちゃ。カナヅチの亮太には必需品なんだけど、これじゃあ気味の悪いオッサンだ。変質者だ……。ボクらは、それを指摘することもなくプールに急いだ。

 通路を抜け外に出ると、そこは目も眩むような真夏の日差しがボクらを包んだ。そして眩しさに目が慣れた頃、ボクらの夢は無残にも打ち砕かれた。そこにあったのは、幼い子供たちのキャッキャッと言う声と、そのお母さんであろうオバサンたちがプールの水に浮いている姿だった。

「誰だよ、市民プールはOLでいっぱいだって言ったのは……」
「オットセイがいっぱい泳いでるじゃねえか!」
「あっ、あそこで泳いでるのはセイウチだぞ」
 一樹が太ったオバサンを指差して言う。
「あれはジュゴンだな……。それともカバ? これじゃあ、動物園だな……」
 ボクらは一斉に、会話に入ってこない武彦を睨んだ。今回の言いだしっぺの武彦は、バツが悪そうに空を見上げ鳴らない口笛を吹いている。ボクらの会話に入ることが憚られるんだろう。

「やっぱりバカね、こいつ等!!」
 美紀が腰に手を当て、勝ち誇ったように言う。別に勝負をしてるわけでもないのに。
「こいつ等って、なんだよ。バカにしやがって」
「バカじゃない。OLの水着がいっぱいだって、本気で思ってたの?」
 美紀の後ろで笑っている彩ちゃんの笑顔に、ボクらの胸が痛い。
「ううっ……」
 結果がこれだから、ボクらは言い返すことが出来ない。ボクら五人は、ガクンと首を折って俯いた。やっぱりニュースで言っていたことは都会だけの話だった。ボクらの住んでいる田舎の街では話は違っていた。全国に流すニュースなら田舎のことも考えて欲しいと、
ボクはテレビ局を恨んだ。

「こんなバカ達はほっといて、私たちは泳ぎましょ。ねえ、彩ちゃん」
 項垂れるボクらを尻目に、美紀が彩ちゃんを引っぱって行く。彩ちゃんはボクらをチラチラと見ながらプールに入っていく。ボクらを気遣ってくれてるのかな?

「ちきしょう、何で嘘つくんだよ、テレビは……」
 別に嘘をついてるわけじゃないと思うけど、テレビが……。こっちが勝手に勘違いしただけだけど。テレビニュースが、ボクらの町の市民プールのニュースを放送してたわけじゃないし……、あれは都会の市民プールの話だったわけで……。まあ、それを信じてみんなを誘った武彦にしたら悔しいんだろな。いつも情報通を自認してるだけに……。

 プールの中で泳いだり、キャッキャッと水を掛け合っている美紀と彩ちゃんの笑顔が眩しい。ボクは二人を羨ましそうに眺めている。そんなボクらに気付いたのか彩ちゃんが、ボクらに向かって微笑んだ。
「みんな、泳ごうよ」
 彩ちゃんがボクらにプールの中から声を掛けてくれる、満面の笑顔を作って、手を振って……。

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