人妻の事情
非現実:作

■ 人の妻として15

「どうしたのですか奥さん、そんな隅っこで〜」
「ど、どうしたって……その……」

ラブホテル…… ……名前も、どういう所かも当然知っている。
だけど始めて踏み入れた領域は想像を遥かに超え、ソノ行為だけに存在する部屋であった。

「ナニナニ〜〜、もしかして理紗ちゃんはラブホ初めてなの〜?」

夫とは知り合ってからも健全なお付き合いだったし、「初めて」を捧げた時も今の新居だった。
勿論夫以外と……なんて考えもしなかった。
部屋の大半を占める大きな円型のベッドには凡そ悪趣味な真っ赤なシーツ。
天井に設置された蛍光灯の光は、その場を妙な雰囲気にさせる薄暗さ。
シャワールームはなんと総ガラス張りの小部屋。
部屋全体が邪な空気に覆われている様だった。

平気な訳が無い……。

「ここはねぇ〜〜内装とか小道具とか拘ってないんだよねぇ〜。
一昔前のラブホっていう感じが僕は好きでねぇ〜。」

左手でポンポンとベッドを叩きながら田崎さんは続ける……。

「僕らみたいなマニア向けがウケる所っていうか?。
最近の都会のラブホはカラオケとかゲームもあるけどねぇ?。
やっぱり時間一杯さぁ〜楽しみたいもん、オジサンとしてはさぁ?。」
「…… ……」

そんな事に同意を求められても困るし、どう応えれば良いのか解らずで何の反応を返さなかった。
すると突然、田崎さんが入り口で固まっている私を手招きして言うのだった。

「ササ、お互いの時間もある事だし、早速始めようかねぇ奥さん?」
「っぇ?」
「まぁ〜僕は幾らでも時間作れるから良いけどサ、奥さんはヤバイんじゃないのぉ〜?。
旦那さんが帰ってくる前に食事とか作るんでしょぉ?。」
「あ、あの……ろ、5時までには帰らせてください」
「それは奥さんのヤル気次第ですよ」
「は……はぃ……」

田崎さんの丁寧な言葉遣いには、これ以上の躊躇は許さないという意味が篭っている。
そう……これは契約。
(そうよ……感情を殺して、さっさと済ませて帰ろう)
夫以外の男の人に晒すという羞恥心と背徳感すら感じない商品としてこの時を過ごそうと決めた。
悪い夢を見ているというのでさえなく、この時間帯はポッカリと記憶も感覚も思い出せない記憶障害の時間帯。
(何も感じない何も覚えられない、それで私は帰るんだ……)
この時間さえ終われば暖かい家が待っている、愛する夫が待っている。
誰にも壊されたくはない……。

決意の一歩を踏み出して、私は田崎さんの元へとゆっくりとした足取りで向かった。




「う〜〜ん、ホント実に惚れ惚れする身体をしてるねぇ〜理紗さんは」
「は…はぁ……」
「だぁめだめ〜〜そういう時は、ありがとう御座いますって言わなきゃ」
「あ、あり…がとうござい、ます」
「あ〜あ〜、視線は逸らしちゃ駄目だって理紗ちゃん〜」

服の上からであるが、まるでナメクジが這うような視線にはどうも耐えられない……。

「理紗ちゃんは恥ずかしがり屋さんだねぇ?。
まぁ〜そこが逆に良いんだけど、ネェ〜〜。」

恥ずかしい仕草は田崎さんにとっては逆効果。
それは2回目のお店に行った時に十分理解した事なのだが、どうしても羞恥心は拭いきれない。
鼻息荒く田崎さんが口を開いた。

「で、だ……僕のプレゼントはどうかなぁ〜?。
着けて来てるんでしょ〜気に入ってくれたかな?。」
「あ……えっと……その」
「あ〜あ〜あ〜、胸とか隠さない隠さない。
手はちゃっと腰の横にして起立したままだよ。」
「あ、す、すいません」

どうも勝手が解らない。
この手の趣向には、この手の決まりがあるらしい。
取りあえず言われたままを行動に移すしかなかった。

「それにしてもサ、スッゴイねぇ〜〜随分と気合入れたねぇ?」
「な…な、何がですか?」
「それそれ〜〜そのメイクだよ、やっぱし女性のメイクって怖いねぇ〜。
初めて会った時とは偉くイメージが変わってるよ。」
「あ、あの……これはっ!」
「良いよ良いよ、実に良いねぇ〜〜好きだなぁそういう感じのも。
あの清楚な理紗さんが、今は娼婦みたいな感じだもんねぇ〜。」
「しょ…う、ふ……って」

思わず顔に手をやり、鏡を探していた。
(そんなに酷いの?)
「娼婦」という言葉を投げ掛けられた事に、私は動揺していた。

「いやいや〜メイクだけじゃないって、格好も凄いよぉ?。
もうね……そうっ、主婦じゃないもんっ、完全に商売女って感じ!。」
「う…そ、ですっ!!」
「いやいや、ホントだって理紗さん〜〜〜」
「〜〜〜〜〜」

そんな風に言われたのは生まれて初めてだった。
怒りが込み上げてくるものの、どうしていいかも解らずに…… ……。
私は田崎さんから背を向けて、両手でこの身を抱えるしかなかった。
ただ私は、もし万が一知人と出くわしても私と解らないようにとメイクをしただけなのに……。
(娼婦なんて……酷いわよ……)

「理紗ちゃん理紗ちゃん、それじゃお金は払えないよ、いいのぉ?」
「!?」

そうだった、これは契約だった。
田崎さんの言う事は一々イヤラしくて、一々が正論だ。
私がしなければいけない事、私が自分の招いた種を払拭しなければならない事を思い出させる。

「す、すいませんでした」

私は田崎さんへと向き直る……しかないのだ。
「性交は無い」、ただそれを信じて。

「じゃあね、お待ちかねのプレゼント試着拝見と行こうかぁ、理紗ちゃん」
「……あ、の」

ドキリとする。
脱ぐ事も躊躇われるのだが、そう……ブラは結局着けられなかった事を言いそびれた。
そういう状況で、田崎さんはどうするのかが怖い。
怒られてその罰とかで、もし乱暴されたりしたら…… ……。
どうしたらいいのか解らない、言えば許してくれるのか……言っても許されないのか……。
そうだとしたら、逃げた方がいいのか……。
ブルブルと震える私に何かを感づいたのか、田崎さんが言葉を続けた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊