人妻の事情
非現実:作

■ その時は妻であらず7

その御命令は残酷だった。
もう私はここで買い物が出来ない、そう思った。
でも、不思議と「その御命令には幾らなんでも無理」とは言えなかった。
私ハモウ、オカシクナッテイル、ノダロウカ?。
数歩後ろに田崎さんがニヤニヤとした表情で見守っている。
ここに来た最大の目的である、愛する夫への夕食の食材調達。
……だった筈。
だが田崎さんの御命令により、たった今それは私の
趣向を組んだご褒美に変わっていた。
(ど、どうしよう、恥ずかしぃ)
辺りを無意味にきょろきょろと見回す。
この時間帯、大抵ここにいるのは、連れ添った人に食事を作るという事が最早作業にしか思えない、くたびれた主婦層である。
この人だと想いを寄せた夫に、愛情篭った手料理をと考える人は少なそうに見えた。
いかに安く済ませて新鮮そうな物、食品選びでさえ気だるそうな人達が渦巻く中、私は別の楽しみでドキドキしていた。
振り返ると、田崎さんが無言の眼差しで合図をする。
丁度その時、初老に差し掛かった店員さんがフラリとすれ違った。
周囲は誰も居ない、ここしかないと思った。

「あっ、あのぉっ!」
「えっ…あ、はい」

いきなり声を掛けられて驚いたその初老の店員さんに畳み掛けるように言った。

「キュ、キ……キキ」
「え、はい?」
「キュウリ、何処ですかっ!?」
「…… ……あ、ああ、こちらです」

一瞬キョトンとした店員さん、数秒後に口を開いて自ら案内してくれた。
たぶんこの仕事を長くしている人なのだろう。
私の異常な露出度の格好に、一度だけ全身を嘗め回すように見た後は、何事も無かったように導いてく
れた。
でも私は「凄い見られてしまった」という羞恥の快楽を抑えるので精一杯。
程なくして野菜売り場コーナーに辿り着くのだが、よく通う私はキュウリの売り場なんてもの教えてもらわなくても知っている。
だけどこれは御命令、そして耳打ちされた内容はこれだけではない。
当たり前だが、案内された野菜売り場はいつもの所だった。

「では、ごゆっくりどうぞ〜」
「ぁ、っぁ、待って!」

一度勇気を決めた以上、この初老の店員さんだけで済ませたかった。
新婚ながらも異常な性癖を自覚してしまった私だが、実行するの当たって最低限の目撃証言に収めたい。

「ぁ……の!」
「どうかしましたか?」
「そ、の……」
「?」

次の言葉が中々言い出せない。
この御命令として言い付かっている次の発言は、余りにも…… ……。
露出と羞恥、それに魅了された新婚の私にとって、引き下がるか自身の快楽に溺れるかの瀬戸際だった。
不可思議に私を見る好色染みた初老の店員さんを前に、愛する夫の顔が浮かんでは消えて……。
どうしたら良いのと、自問自答を繰り返して……。
私は言った。

「あのっ、キュウリ1本だけって……売ってもらえませんかっ!?」
「…… ……ぇえ?」
「で、で、で……で、出来れば、そのっぉ……一番太い奴っを!!」
「…… ……は?」

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊