深い水底
晶:作

■ 序章

私の名前は、奥山晶。N大学の法学部二年生。体育会系水泳部に所属している。

幼い頃から泳ぐことが大好きだった私は、学生生活の大半を水泳に費やしてきた。
当時の仲間の多くが一線を退いていくなか、大学に入ってからも、体育会の部活で水泳を続けている。

入部したての一年生から頭角を現し、二年生で女子の主将を任された。
普通、主将を任されるのは三年生なので、異例のことだった。

だからと言って、勉強をおろそかにしているわけではない。
たとえつまらない授業でも、休講にならない限り、さぼることなく出席する。
やると決めたら、全力で取り組む。学業でも、上の部類に入る自負があった。

自分の性格を表現するとしたら、生真面目、そして負けず嫌いとなるだろうか。

しかし、それが、必ずしも正しくはないことを、私自身は知っている。
少なくとも、これらは、私の「表」の部分を示した言葉でしかないからだ。

いつからだろう。私は、人には言えない大きな秘密を抱えるようになっていた。
皆と同じように、普通にキャンパスライフを満喫しながらも、決して共有できない影の部分。

その衝動がいつから始まったのか、自分でもはっきりとは明確には覚えていないのだ。
それは、いつの間にか私の心の中で、その存在を堂々と主張するようにまでなっていた。

どこにでもいる、平凡な大学生のはずだった。あの忌まわしい出来事が起こるまでは。

それは、ゆっくりと、しかし確実に、私を取り巻く多くの人々を飲み込んでいった。
気がついた時には、事態は取り返しのつかないところまで、来てしまっていた。
まるで、寒くて暗い、海の底のようなところへ。抜け出すことができない、深い闇。

あの日は、蒸し暑い夏の午後だった。
遠い過去ではないのに、はるか遠くに感じられる、あの日の出来事。

私はどうすればよかったのだろう。悔いても、悔やみきれない。




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