深い水底
晶:作

■ 第二章2

そう言うと、にやにや笑いながら、数枚の写真を取り出し、私の足元へと放り投げた。

「くっ・・・」

己の悪事を見とがめられた羞恥心、しかも、それを一番見られたくない二人に発見された悔しさで、
何も言えず顔を伏せた。頬が熱くなる。

写真に写されているもの。それは室内を物色する私の姿だった。
映っている服装から、今日撮られたものだけではないということは理解できた。

彼らは林のどこかから、ずっと見張っていたのだ。そして、あえて私を泳がせていた。
このところ感じていた、誰かが見ているのではないかという感覚は正しかったのだ。

「その写真を顧問の吉田先生に渡したらどうなるかな」

肩をすくめるような仕草で語りかけてくる加藤。

「お前を慕っている部員達に見せたら、みんなはお前をどう思うかな」

「・・・・・・」

「もちろん警察に渡しても構わない。これは立派な犯罪行為だからな」

山本が耳元で語りかけるように囁いてくる。
かすれたようなこいつの声は、生理的に受け付けない。肌が粟立つ。

「なんとか言えよ」

何も反論できるはずがない。

学校を退学になるかもしれない。警察沙汰にもなるかもしれない。
考えるだけで気が遠くなる思いだ。めまいと吐き気を覚えた。

ぐるぐると視界が回り始めるのとは裏腹に、冷静にこの状況をどう打開するか、
計算を働かせている自分もいる。ただし、置かれた状況は、かなりきつい。

「写真をばら撒かれたくなかったら、俺達の言う事を聞いてもらおうか」

「とりあえず、別の場所へ移動だ。ここはもうじき、他のやつらがやってくるからな」

男達の声は、既に私を制圧したとでもいうような満足感に充ち溢れていた。

「言い訳はしないわ。とにかく離してよ。痛いじゃない!」

山本の手を振りほどこうと、私は暴れた。

「黙れ。お前のその偉そうな態度がいつも目障りなんだよ。」

山本が、手首をつかんでいるのとは反対の手で後ろから口を抑えてきた。
節くれだった指が、私の顔半分を覆ってしまった。

「むぐ・・・」

「女子部の主将さんは体調不良でお休みだと吉田先生には伝えてある」

加藤が意地の悪い笑みを浮かべた。

必死に抵抗したが、びくともしない。
山本は浅黒い肌をした、かなり上背のある男だ。私に太刀打ちできるはずがない。

「おい、ここのシャワー室に連れて行け。あそこなら誰も来ないはずだ」

加藤がにやつきながら言った。山本が、私の身体を扉の方向へ引きずろうとした。

山本が引っ張ろうとしても、私はすり抜けようと身を捩る。さすがに山本も手こずった。
ついに彼は、私の口を塞いでいた手を離した。脇の下に手を入れると、力ずくで引きずろうとする。

「私に何かしたら、あなた達だって、ただでは済まないわよ」

「お前の方から何とでも言い訳を考えることになるさ」

山本は私を持ち上げるようにしながら、強引に引きずり始める。
浮いた足をばたつかせながら、私は己の非力さを呪った。

「さあ、こっちに来るんだ」

そのまま裏手のシャワー室へと連れて行かれる。
叫び声を上げたかったが、再び山本に口を塞がれてしまった。

腕が付け根から裂けてしまうのではないかと思うぐらい、強い力で引っ張られる。
誰かに出くわさないかと願ったが、皮肉なことに、誰も近くにいる気配がない。

裏手に回ると、加藤は躊躇なくシャワー室の扉を引き開ける。私を引きずる山本が、その後に続く。

床のタイルは埃で覆われていて、この空間は部室よりも、さらに黴臭かった。
天井の裸電球は消されていて、今は磨りガラスの窓から頼りない光が入ってくるのみだった。

中に入ると、山本は私の口から手を離し、加藤の方へと振り向かせた。

「覚悟しなさいよ。こんなことして、もう後戻りできないわよ」

「見上げた根性だな。自分の置かれた立場がまだ分かっていない」

加藤の目をまっすぐに見つめ、私は悪態をついた。

「大声出すわよ」

「無駄さ。この近くには誰もいない」

その通りだった。

さらに悪い事に、建物の裏手にあるシャワー室は、校舎とは反対側の向きに位置しており、
裏に回り込みでもしない限り、誰の目にもつかない。

「お前がいつまで強気でいられるのか、今から楽しみだよ」

背後から、山本がかすれた笑い声をあげる。加藤も、くっくっくと嫌な笑いを洩らす。

「自分がこれからどうなるのか考えて、苦しむんだな」

加藤が後手に扉を閉める。シャワー室の鉄製の扉が、金属のきしむ音と共に閉じられた。
とても長く、耳障りな音だった。

それは、まるで、これから起こることへ絶望した、私の悲鳴のようだった。

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