深い水底
晶:作

■ 第三章4

プールサイドで目が合っても、逸らすようになった友人。
皮肉なことに、このところ好調で、タイムが伸びている私は、なおのこと話しかけづらくなった。

練習の終了時間が合えば、由美子と一緒に帰ることもある。麻衣はデートの予定次第。
ここ数日、ほとんど二人の間に会話はないので、麻衣や由美子がいてくれることが有難かった。

しばらく、このような、微妙な状況が続いていた。

ところが、様子がおかしくなってから二週間が経とうという頃、晶は講義にも出なくなった。
さすがの麻衣も異変に気づいた様子で、晶はどうしちゃったのか、と私に問い質してくる。

怒られるのを覚悟して、私は由美子に事情を話した。

昨年夏の部内のゴタゴタ。それにより、晶が傷ついたこと。
主将抜擢でプレッシャーを感じていたことなど。

「それならそうと、早く言ってくれればいいのに。」

「ごめん、晶から、みんなを心配させないでって言われてた。」

由美子は、私を責めなかった。腕組みをして、深いため息をつく。

「でも、このところの様子の変化は、それだけじゃないような気がする。」

それは私も感じていることだった。

「それは、わたしも感じてる。だから、心配でしょうがないのよ。」

本心だった。分からない。本当にどうしちゃったの、晶・・・。

その週の金曜日、練習終了後に私は顧問の吉田先生に呼び出された。
要件は、晶の代わりに、しばらくの間、主将を務めてくれないかという打診だった。

精悍に日焼けした熱血漢も、ここ最近は、顔に覇気がない。
先生は先生なりに、晶を主将へ抜擢したことに、責任を感じているらしかった。

「そういうことで、原田、しばらくはお前が代理をしてもらえないだろうか?」

「でも・・・晶は納得しているんですか?」

「それは大丈夫だ。奥山はお前になら、任せられると言っていたよ。」

先生はそう言うと、ため息をつき、コーヒーの空き缶を握りつぶした。
県大会が間近に迫ったこの時期、エースの不調は先生にとっても頭が痛いことだろう。

「もう少し、お時間を頂けませんか?私、すぐには結論が出せません。」

「任せるよ。もちろん、奥山が主将を続けてくれることが、ベストだろうからな。」

私はぺこりと頭を下げると、教員室を後にした。
その日も結局、晶と帰る事はできなかった。最近は、練習が終わると、そそくさと去ってしまう。

私と麻衣、由美子の三人だけの帰り道は、とても寂しい。

「ねえ、奈央。気を悪くしないでね。もしかしてあなた達の間に何かあったんじゃないの?」

由美子は、思ったことを隠さずに聞いてくるタイプの人間だ。

「まさか。私だって心配でたまらないのよ。」

そうは言ったものの、自信がなかった。このところ、明らかに彼女は私を避けている。

「ごめん・・・そうだったよね。」

最近は、ずっとこんな会話が続いている。
みんな、問い質したくても、それができない状況が続いていた。

ストレスがたまってきた私は、嫌な想像をしてしまった。

由美子の言うように、晶は、私と顔を合わせたくないのではないか。
調子を上げてきている私に嫉妬して・・・。

考えてしまってから、そんなことはあり得ないことに気付き、自己嫌悪に陥る。
晶は誰よりも、ライバルである私の成長を喜んでくれた友達なのだ。

考えれば考えるほど、胸が苦しくなってくる。

土曜日。覚悟を決めた私は、晶を呼び出すことにした。
こんな状態が続くのは嫌だった。晶のことを疑う自分は、もっと嫌だった。

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