深い水底
晶:作

■ 第四章1

窓の外にある国道を、車が、かなりのスピードで行き来している。
空は雲ひとつない晴天で、日差しはかなり強そうだ。梅雨明けが近いのかもしれない。

土曜日の昼。最寄駅近くのファミレスで、私は晶を待っていた。
昔から夏は、私にとって、わくわくする季節だった。でも、今年は少し違っている。

昨日の夜、久しぶりに、晶の携帯に電話をかけた。
すぐには出てくれなかったが、私にしては珍しいぐらい、辛抱強くかけ続けた。

七回目のチャレンジで、ようやく電話がつながった。
晶はしばらく無言だった。息を飲む気配が、電話の向こうから伝わってくる。

「明日会えないかな。」

つとめて明るい声で切り出す。

「・・・・・・」

「久しぶりに一緒にお昼食べようよ。」

何事もなかったように。今まではこういう調子での会話は当たり前だったのに。

「・・・・・・」

「駅前のファミレスで十二時に待ってるから。」

勇気を出して告げる。私たちの間には、いつからこのような壁ができてしまったのか。
しばらく沈黙が続いたあと、ようやく晶が答えてくれた。

「・・・わかったわ。」

そう言うと、すばやく電話を切ってしまった。

当日になって、本当に来てくれるかどうか不安になったが、それは私の杞憂に終わった。
約束の時間の五分前、店の入り口で店員と話している晶を見つけ、手を振る。

「奈央、昨日は電話ありがとう。」?

目の前に座ると、今日は晶から話しかけてきた。
言葉こそ穏やかだったが、晶は何かに怯えているようだった。周囲を気にしている。

「ほんと、久しぶりだよね。何を食べようか?」

私は、昨日の電話に引き続き、何もなかったかのように明るく振る舞う事にした。
ただし、言葉とは裏腹に、ぜんぜんお腹はすいていなかった。

メニューを差し出しても、晶は見ようともしない。

「晶・・・どうしたの?なんだか顔色、悪いよ?」

「そんなことないよ。心配かけてごめんね。」

彼女は、ようやくメニューを開き、パラパラとページをめくる。
結局、二人で注文したのはクラブハウスサンド一皿と、お互いの飲み物だけだった。

私は、あえて水泳の話は出さなかった。
自分の調子が上向きであることが、不調の晶を目の前にしてなんとなく後ろめたかった。

麻衣の彼氏との馴れ初め。由美子と一緒に新しい靴を買ったことなど、
当たり障りのない話をした。

思い切って晶を問い質したいという気持ちで呼び出したのに、それができない自分の意気地の無さが、
恨めしかった。

晶は、落ち着かない様子だった。私と目が合うと、気まずそうに逸らしてしまう。
私に悩みを打ち明けるべきかどうか、迷っているのかもしれないと感じた。

机の上では、クラブハウスサンドが、ほぼ運ばれてきた状態のままになっていた。
手を伸ばすと、すでにパンが乾いてパサパサになっていた。

そろそろファミレスを出ようかという頃合いになって、晶の方から話しかけてきた時、
私は思わず身を乗り出してしまった。

「あのね、奈央・・・」

タイミングが悪い事に、彼女の携帯が鳴り、会話は中断された。
ちょっと席を外すと私に断って、彼女は化粧室の方へと走って行った。

戻って来た時、心なしか、彼女の顔が蒼ざめているように感じた。

「どうしたの?顔、真っ青だよ。」

今の電話が原因なのだろうか。だとしたら、電話の相手は誰か。

「大丈夫。大したことないから。心配しないで。」

晶は目を見て話そうとしてくれない。この仕草を見るのは、もう何度目だろうか。

「あのさ・・・」

「ねえ・・・」

私が、話しかけようとしたのと、晶が口を開いたのが同時だった。
無言で彼女の目を見つめると、大きく頷いて、先を促した。

何かを話してくれる。そう期待していた。

「今日、これから予定がなかったら、二人で泳ぎに行かない?」

予想もしていなかった内容に、肩透かしを食らった気分だった。
彼女の様子がおかしくなってから、久しく、一緒に市営プールには行っていない。

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