深い水底
晶:作

■ 第四章3

我々の姿は、彼らの目には、さぞかし奇異に映っていることだろう。

「冗談なんかじゃない。」

晶はそう言うと、右手を私の胸のあたりへと移動させる。

「いやっ・・・やめて!離して!」

私は上体をうまくひねり、彼女の腕を振りほどいた。
正面から彼女に向き合い、その肩を両手で揺すった。泣きたいような気持ちだった。

全てがつながったように感じた。晶の様子がおかしかった理由。
彼女は悩んでいたのではないのか。小学校からの友人に、恋愛感情を持ってしまったことを。

あまりのショックで大声を上げそうになったが、彼女の傷ついた顔を見てやめた。
だけど、言葉を抑えることはできなかった。もう確かめずになんていられない。

「ずっとそういうつもりで、私と一緒にいたの?」
 
核心を突くのは怖かったが、もう逃げたくはない。聞くしかなかった。

「答えてよ。」

否定してよ。違うって言ってよ。こんな言葉を友人に投げつけてしまう自分が嫌で仕方が無かった。

「・・・・・・」

晶は、何も答えなかった。その沈黙だけで十分だった。

「・・・そうだったのね。」

私は視線を逸らし、下にうつむくしかなかった。しばらく、気まずい沈黙がその場を支配した。

「私だって晶のことは大切に想ってる。でも、それは友達としてだから。」

だから、あなたの恋人になることはできない。その言葉は呑み込んだ。
晶は、唇を噛みしめ、今にも泣きそう顔で、下を向いている。

「このこと、誰にも話さないわ。お互い、県大会に向けて頑張ろうね。」

私には、そう言ってあげることしかできなかった。
軽く彼女を抱きしめ、背中をたたくと、足早に出口へと向かう。周囲の視線が矢のように刺さる。

シャワールームへ向かう途中、涙が止まらなかった。声を殺して泣いた。

彼女にとっては、とても勇気のいる告白だったに違いない。
あの美しい泳ぎも、決心がついたからこそ、取り戻せたものだったのではないだろうか。

だけど、私にはその気持ちを受け止めてあげることはできない。どうすることもできない。
優しい言葉を返し、その場をうまくやり抜けたとしても、結局は彼女を傷つけるだけである。

その日、私はきちんと眠ることができなかった。

何度か携帯を取り出しては、晶にメールを打とうとして、結局、出来ずに止めてしまう。
その繰り返しだった。

意識のどこか片隅で、彼女からメールが来ることも期待したが、来なかった。

由美子の勘は正しかった。
晶の悩みの原因は、まさに私にあったのだ。その事実が、私の心をじりじりと苦しめた。

小学校で出会ってから、何をするのも一緒だった。仲の良い姉妹に間違われるほどだった。
ヨーロッパへ旅行、好きな歌手のコンサート。私の隣には、いつも晶がいた。

彼女は、いつから、私に対して特別な感情を持ち始めたのだろうか。
分からない。その素振りに気が付きもしなかった。彼女はサインを出していたかもしれないのに。

そのことが、晶を苦しめ、ここ最近の元気の無さにつながっていたのだとしたら、
私の罪は大きい。

自問自答を繰り返していた。気が付いた時には、窓の外が明るくなっていた。

市営プールでの一件があって以来、私と晶には、全く会話が無くなった。
当然と言えば、当然だった。

相手を避けているというよりは、これ以上、相手を傷つけないために距離を置いているという感じだ。
少なくとも私は、そういう気持ちで、晶のことを遠くから見守ることにした。

少なくなった、麻衣達と四人で行動する機会でも、私と晶の間で言葉が交わされることはなかった。

由美子は絶対に異変に気が付いているはずだが、もう口を出してはこなかった。
二人で解決するのを待っている。私を見る目が、そう語っているようだった。

彼女のこういうところが好きで、高校からずっと付き合いが続いているのだと、
気付かされた。彼女なりの気遣いが、有り難かった。

晶の表情は、一向に暗いままだった。
かつての、さっぱりとした、元気でボーイッシュだった彼女は、もういない。

市営プールで見せてくれた、あの美しい泳ぎも、再び失われてしまった。
タイムが伸びず、先生とコーチと話し合う姿を見る機会が多くなった。

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