深い水底
晶:作

■ 第五章3

戸澤君は、しばらく心配そうに晶の後ろ姿を見ていたが、やがてこちらへ向かって歩いてきた。
私は、隠れていた木の後ろから道に出ると、戸澤君に軽く挨拶をした。

「こんにちは。」

「原田さん・・・ちょうど今、奥山さんともすれ違ったよ。」

屋外プールの方角を示してくれた。

「晶と話したいことがあって。」

心なしか、その表情に安堵の色が浮かんだ。

「それなら良かった。彼女、真田に用があるみたいだから。」

「真田君に?」

悪いなと思いつつ、聞き耳を立てていたことを悟られないよう、嘘をついた。

「そうなんだ。」

だから君に立ち会ってほしいという彼の気持ちを受け取った。私は、無言で頷く。

「県大会が近い。お互い頑張ろう。」

そう言うと、戸澤君は部室の方角へと歩いていった。

彼の後ろ姿が見えなくなると、私は屋外プールへと走った。
そして、プールからは死角になるような位置に身を潜めながら、そっと中の様子を窺った。

中からは、人の話し声が聞こえてきた。どうやら、真田君と晶が話をしているようだ。

「俺に用って何だよ?まだ、あのことを蒸し返す気かよ?」

屋外プールでの練習の際、真田君が最後までプールに残るのは、恒例になっていた。
ベンチに横たわって、日焼けを楽しむのが目的らしい。プールで喫煙しているという噂もある。

そんなことで、施錠の際、晶とはしょっちゅう揉めていた。
最終的に、真田君は迷惑行為をしないことを約束し、晶は施錠時間の緩和を呑むことで落ち着いた。

そんな状況だったので、戸澤君も、彼女が真田君と話したいと聞いて、心配になったのだろう。

上背のある真田君は、晶の目の前に仁王立ちし、威嚇するように身体を反り返らせている。
晶の方は、彼の迫力に気圧されたかのように、うつむき加減だった。

「まさか、洋子のことで説教しにきたんじゃないだろうな。あの話なら、もう終わったことだろうが。」

「ここじゃ言いにくいから、ベンチに座って話をしない?」
 
晶はそう言うと、真田君をプールサイドの奥にあるベンチへと誘導した。

「さっさと用件済ましてくれ。バイトに行かなきゃいけないし、俺ぁ忙しいんだよ。」

ベンチにふんぞり返るように座った彼は、ぶっきらぼうな口調でまくし立てる。

「・・・・・・」

隣に座った晶は、とても小さく見えた。

「何だよ、早く言えよ!」

「・・・・・・」

「黙ってんじゃねえよ!」

「真田君、実はね・・・」

そういうと、晶は白いブラウスのボタンを外し始めた。

何が起きたのか、理解するまで、相当の時間を要した。
ブラウス、スカートを脱いだ彼女は、水着姿になっていた。

「なんのつもりだよ、先輩・・・」

さすがに真田君もうろたえた表情を見せた。
だけど、それはすぐに、いつもの自信に充ち溢れたものへと戻っていった。

「ふーん、すごいね、先輩も。そういう趣味があったんだ。」

今の状況を自分なりに解釈したらしく、にやにやと笑っている。

私は自分の目を疑った。これは何かの間違いではないのか。
だが、目の前で起こっていることは、間違いなく現実の出来事だった。

晶は、水着姿になって、真田君に迫っている。
まるで、市営プールで、私に告白してきた時と、同じように。

「こういう趣味があっちゃ、いけない?」

小さな声で、晶がそう言うのが聞こえた。表情は読み取れない。

「だったらさ。今ここで、いいことしようよ。誰もいないわけだし。」

短く刈った髪の毛を触りながら、真田君が嬉しそうに言う。

「・・・分かったわ。」

彼女の声が震えていることに、私は気が付いた。

「これがあんたの本性ってわけか。ずいぶん大胆だね、先輩も。」

晶の変化に気付く様子もなく、真田君は彼女の肩を掴むと、自分の方へと引き寄せる。
晶は、抵抗するでもなく、真田君に寄りかかるような姿勢になってしまった。

「本当に、いいんだよね?」

そう言うと、真田君は、晶をベンチから引きずり下ろし、プールサイドに組みしいた。
晶は、されるがままの姿勢になってしまった。

これ以上、黙って見ていることができず、私は入口へと向かおうとしたが、
足がガクガクと震えて、うまく動いてくれない。つんのめりそうになって、目の前の金網を掴む。

「震えてるのか?」

「・・・・・・」

「きついところはあるけど、あんたのこと、嫌いじゃなかったぜ。」

そう言うと、晶に覆いかぶさって、キスをしようとする。
さすがに抵抗する晶だったが、あっけなく唇を奪われてしまった。

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