母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 不幸の包囲網10

 床に倒れたままの耕平と寄り添うまさみ、二人だけの沈黙を耕平の呟きが破る。
「スタジオでも嬲られてたのか?」
 その低く小さな声にテレビの音が覆い被さる。
「見たんだ、あの番組……」
 まさみは、耕平の質問が聞こえなかったかのようにテレビの話題を始めた。
「わたしが出ている番組、見てるんだね」
 そう言って一息ついた後、耕平の質問が聞こえていたことを示す台詞を吐く。
「出番前にも犯されたんだよね。生放送なのに……酷いよね」
 耕平の質問と同様に小さな声だった。

「女らしくなったって言われちゃった……。精液を飲まされてるからかな? 精液臭くなかったかな?」
 ポツリポツリと独り言のように話すまさみ。
「それとも沢山セックスしたからかな?」
「そんなに? ……何回も?」
「もう覚えてないよ、何回かなんて……。毎日……、それの何回も……」
「……」
(あの後も……、毎日犯されていたんだ……)
 二学期が始まり、学校から帰るといつも笑顔のまさみがいたから、龍一との関係も一段落したと思っていた。今日は仕事だから安全だと思っていた。耕平は、自分の考えの甘さを思い知らされる。
「今日も、膣(なか)に出されて、精液が入ったままローターで蓋されちゃった。……お尻にもローター入れられて……」
 悔しさなのか辛さなのか、眼を涙で潤わしている。
「突然、動き出すんだよね。……インタビュー受けてる最中も、いつ動き出すか……ビクビクしてた」
 思い出すことも辛そうに、途切れ途切れに喋る。それでもまさみは、話を続けた。辛さを共有してくれる人が欲しくて、まさみの境遇を知ってる耕平に……。
「そしたら……、イヤでイヤで仕方ないのに……濡れてきちゃった……。ソファーが濡れてないか……心配で……」
「やめろ!!」
 誰に向けるでもない怒りが、耕平を叫ばせる。言うなれば自分に向けた怒りかもしれない。
「そ、それ以上……言わなくていい……」
 俺に原因があるんだ。まさみに辛い思いをさせている原因は俺にあるんだ。
「淫乱なママで……ゴメンね」
 まさみの台詞を最後に、永い沈黙が二人を包む。

 沈黙に耐えかねたまさみの濡れた瞳が、耕平をキッと睨みつけた。
「出て行けって言ってよ! こんな淫乱な女はママじゃないって!!」
 まさみの小さな拳が耕平の胸を叩く。左右の拳が連続して打ち付けられる、瞳からは大粒の涙を滴らせながら……。
「考えるだけで濡らす女なんだよ! そんな女、ママじゃないって……、ううっ。考えるだけであそこ、濡らす女なんて……、出て行けって言ってっよ、出て行けって、うううっ……」
 耕平の胸を叩く手が止まった、両拳を耕平の胸に押し当てたまま……。
「言ってよ、うっ、うっ……。言って……、言ってよ。じゃないとわたし……」
 まさみはゆっくりと頭を垂れ、耕平の胸に埋めていった。涙が耕平の胸を濡らす。耕平はそんなまさみを、両腕でギュッと抱きしめた。
「おまえ、この家が好きなんだろ? オヤジが好きなんだろ?」
 まさみは、涙でグシャグシャの顔をこくりと頷かせた。
「でも……、居ちゃあいけないんだよ、わたしなんか……。好きだから、居ちゃあいけないんだよ、この家に。ううっ、うっ、ううっ……」
 涙の滴る顎を引き攣らせる。
「この家に居てくれよ。じゃないと……」
 耕平はまさみの頭を自分の胸に強く引き寄せた。
(俺が辛すぎるよ。俺が原因なんだから……)
 まさみの涙が乾くまで、じっと抱きしめていた。

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