母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 試される愛2

 深夜、まさみは自分の部屋で龍一に貰った薬をじっと見詰めていた。先生も耕平も自室にいる。そろそろ寝る頃だ。そして先生は、ナイトキャップにウイスキーの水割りを作るだろう。そのチャンスを待っていた。

 隣の部屋のドアが開く音がする。まさみは、偶然を装って自分も部屋を出た。
「あっ、先生……。もう寝るの?」
「ああ、寝酒にいっぱい呑んだら寝ようと思ってね」
「わたしが作ってあげる」
「どうしたんだい?」
「たまには先生の奥さんらしいことしたくて。ここのところドラマの撮影で忙しいから、あまり出来てないでしょ?」
「そんなことないよ。まさみはしっかりやってるよ」
「いいからいいから、わたし、作ってくるね」
 まさみは先生の背中に両手を沿え、部屋に押し戻した。そして、階下のキッチンに降りて行った。

 先生のお気に入りのグラスに作った水割り。まさみが見つめる視線の先では、その中に落とした錠剤がシュワーと泡を立て溶けていく。
(ごめんなさい。でも……、先生としたいの)
 まさみは顔をブルブルッと振り、罪悪感と願いに揺れる心を奮い立たせた。大きな氷を一つ落とし、トレイに載せ二階に上がっていった。

「はい、先生……」
 心臓がドキドキと早鐘を打つのを悟られないようにグラスを渡す。
「何か悩み事でもあるのかい?」
「ううん」
「そうか? 何かいつもと違うぞ、今日のまさみ……。何でも相談していいんだぞ、家族なんだから」
 先生の優しい言葉に罪悪感が募る。まさみの表情をより切ないものにする。心情を悟られないように、何か喋ることを必死で探す。探せば探すほど、話すのが苦しくなる。
「私がアイドルになりたいって言って、ママが反対した時、先生言ったよね。夢は自分で掴む物だって……。自分がした努力は、きっとみんな見ている。みんなに判って貰える」
「そうだね。まさみが努力したから今の星野奈緒がいるんだ。みんながまさみの努力を認めたから、みんなに愛される星野奈緒がいるんじゃないかな、きっと……」
 緊張と罪悪感から、何を喋っているのか判らない。おもわず、『抱いて! 滅茶苦茶に抱いて!!』と叫びたくなる。その思いを飲み込み、脈絡のない会話を続けた。
「あと一年だね。わたしが十八歳になったら……」
 以前なら、他愛の無い話でも楽しく何時間でも話していたかった。しかし今日は、一つの言葉を吐くにさえ胸が詰まる。
「私達の結婚、みんな祝福してくれるかな?」
 上目遣いに先生の顔を見る。
(先生……、先生で感じたいの。先生で逝きたいの。先生に逝かせて欲しいの)
 そう思うと、股間がジュクッと濡れてくる。
(あっ……、わたし、濡れてる……。こんな淫乱なわたし……、先生に愛される資格、あるのかな……)
「わたしの努力……、判って貰えるかな? 気付いて貰えるかな?」
 浩二がまさみの作った水割りを口にした。
「みんな判ってくれるよ。まさみの一生懸命さはみんなに伝わるよ。そして祝福してくれるよ、きっと……」
「そうだよね。判ってもらえるよね、わたしのすること……」
(わたし、先生を裏切ってる。裏切ってるのに我が儘言ってる。今日だけは……我が儘、させて……)
 まさみは、水割りを飲む先生の横顔をじっと見詰めた。

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