人妻と少女の淫獄
木暮香瑠:作

■ 開かれる淫獄の扉1

 昼下がりのひと時。
「そろそろ買い物に行こうかしら」
 美香がテレビの前から立ち上がった時、玄関のチャイムが鳴った。
「誰かしら?」
 美香はお客様を待たせては悪いと、玄関に急いだ。そしてドアを開けた。
「やあ、美香。久しぶり」
 一人の男が馴れ馴れしく声を掛ける。男の顔を見た美香の瞳が見開かされ、表情が強張る。
(ど、どうして……?)
 ドアの向こうにいた男は、美香が一番会いたくない男だった。名を篠原克明という。傍から見れば、二枚目で真面目そうな雰囲気を持った好青年に見える。
「へえ、結構良いところに住んでんだ。庭付きの家だなんて……」
 篠原は美香に笑顔で話し掛けながら、庭や玄関の中に視線を這わせる。
「な、何の用? か、帰って……」
 引き攣った顔で、やっと言葉を発する美香。
「せっかく探し逢えたのに……。少し話、しようよ」
「話すことなんて……ありません!」
「君に無くても、俺にはあるんだな、話が……」
 顔を背ける美香に、篠原は笑顔で話し掛けた。

「玄関先で話すのもなんだから、入れてもらえるかな?」
 肩を震わす美香の顔を覗き込むようにして、篠原は言った。
「は、入らないで!」
 この男だけは、家に入れたくなかった。入れるだけで家庭まで汚される気がする。それぼどこの男には、悪い記憶しかない。
 篠原は、内に潜む残虐性を隠し、あくまで笑顔で接している。
「静かに話したいだけなんだけどなあ……。ここじゃ、人に聞かれるかもしれないよ? 良いのかい?」
 閑静な住宅街だが、人通りが無いわけではない。篠原なら、わざと聞こえるように大きな声で喋るだろう。しかし家に入れるのは、もっと危険な予感がする。他に人の居ない一軒屋に二人っきりになることは、篠原の思うツボだ。
「近くにカフェがあります。そこで……」
 美香は人が多い外の方が安全だと考え、篠原を連れ出した。



「幸せそうだね。今の生活に満足してるって感じ……」
 篠原はコーヒーを啜りながらどうでもいいことを話してくる。二人が座った席は、テラスの一番奥の席だ。二人を知らない人が見れば、恋人同士が午後のひと時を過ごしているように見えるお似合いのカップルだ。ほとんどの客は日差しを嫌って室内の席に着いていて、テラスの席の客は少ない。幸い二人の近くに座っているものはいなかった。
「バストとお尻、大きくなった? 腰も細く括れて、以前よりずっと魅力的になったね」
 褒める言葉も、美香にとっては嬉しくも無い。時折見せる篠原の舐め回すような視線に、悪寒が走る。
「話って……」
「あっ、そうそう……。またAVに出てみない? ほらっ、美香の三部作、評判良くてさ。今度は人妻物でって……リクエストが多いんだよね」
「…………」
 美香は、まるで日常会話のように軽く言う篠原が信じられない。返す言葉も無かった。
「どう? いいお金になるよ?」
「出るわけ無いじゃないですか!!」
 篠原の態度に呆れて、美香はつい語気が強くなる。
「そんなに大きな声を出すと、みんなに聞かれちゃうよ、ふふふ……」
「…………」
 美香は、はっとし周りを見渡したが幸い見方地の話に気付いたものはいなかった。
「一度出るのも、二度出るのも一緒だよ。どう?」
「何言ってるの? 前回だって無理やり……。私が出たかった訳じゃないわ」
 周りの客に聞こえないよう声を押し殺し、美香は篠原を睨み付けた。

 六年前、美香はレイプされた。篠原克明は、その時の一人だ。大学生の初めての夏休みの事だった。同級生が派手になっていく中、美香は地味でクラスのみんなにもう少しお洒落をしないとボーイフレンドも出来ないよと揶揄われる事もしばしばだった。友達が揶揄うのも、美香が美人だったからだこそである。飾りっけの無い美香は、それでも十分男性達の目を引いていた。しかし、美香はあまりにもお洒落に疎かった。お洒落な服を着るでもなく、化粧もしない美香がもてるのは、流行の服を買い化粧を施した友人にとっては悔しいものだった。人柄のいい美香は虐められる事はなかったが、お洒落をしなくてももてる美香を友人達は嫉妬半分羨ましさ半分で揶揄ったのだ。

 みんなの勧めもあり、美香は少しはお洒落をしようと髪を染めパーマを当てる事にした。美容院から出てきた美香は、自分の容姿のあまりの変わりように少し舞い上がっていた。栗色の染めた髪は、柔らかなウェーブを纏い軽く風にそよいでいる。まるで、ファション雑誌の中から抜け出したような自分に驚いた。そんな浮かれた気分の時に声を掛けてきたのが篠原克明だった。街角で、雑誌モデルにならないかと誘ってきた。最初は断っていたが、篠原の真面目な態度と執拗な誘いに、話を聞くだけならいいかなと付いて行ってしまった。その裏に潜む危険や邪悪な思いには気付くことも無く……。

 美香が連れて行かれた事務所と称するビルの一室で待っていたのは、壮絶なレイプ劇だった。その場で処女を奪われ、その映像を脅迫のネタに、AV出演をさせられたのだ。警察や誰かに通報すれば顔出しの画像をばら撒くと脅かされ、あと二作出演することを約束させられた。出演することが顔にモザイクを掛けるという不条理な交換条件だった。

 レイプされ、AVに出演させられ落ち込んでいた美香を慰めてくれたのが今の夫、武田翔一だった。事情も聞かず、ただ優しく接してくれた。自暴自棄になりかけた美香を、立ち直らせてくれた。そんな夫を失いたくない、今の生活を失いたくないという気持ちでいっぱいだった。

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