新・電車での淫夢
林檎飴:作

■ 3

建の家のキッチンは、広く調度品が白で統一された現代的なキッチンだった。
「広い……! それに使いやすそう……」
「出来る限り自炊するからね。使い勝手を重視したんだ。」
建は悪戯っぽく笑った。
「さて、何が食べたい? これでも料理の腕前はなかなかのもんなんだよ。」
「つ……作ってもらうなんて悪いです……。
あ……あたしも手伝わせてください!」
美奈はそう言った。
男性に料理を作らせて、自分がくつろいでるなんて悪い気がしたのだ。
「そう? じゃあそうしようか。エプロン取ってくるから、作りたい料理を考えておいて。」
建そう言って別の部屋に入っていった。
美奈はキッチンに一人、取り残された。
(なんだか、妙なことになっちゃったなぁ……)

メニューは美奈の希望でスパゲティに決まった。
自負していただけあって、建の料理の腕前はなかなかのものだった。
「サラダも作るから、野菜を洗って。
後、ジャガイモの皮をむいてくれるかい?」
「分かりました」
美奈は料理など、学校の調理実習くらいしかしたこと無かったが、一生懸命に手伝った。
しばらくして、二人の合作の料理ができあがった。

「おいしい!」
美奈は歓声をあげた。
「本当に料理上手なんですね〜。」
建力作のスパゲティはなかなかのものだった。
「いやいや、このサラダもなかなか……。」
建がにっこりと笑っていった。
「あ、そうだ。名前聞いてなかったね?」
「あっ……そういえば。」
二人は互いの名も知らぬまま、共同作業をしていたのだ。
「あたし、美奈です。新石美奈。」
「俺は佐藤建。」
二人は向かい合って、フフッと笑った。

「へぇ〜……。美奈ちゃんってまだ中2なんだ。
高校生くらいだと思ってた。」
「老けてみられるんですよ〜。」
「大人っぽいっていうんだよ。」
互いに自己紹介をする。
「建さんってN社に勤めてるんですか?
大企業じゃないですか!」
「まだまだ下っ端だよ。一昨年、大学を卒業したばかりだしね。」
楽しい会話で、二人の食事も進んだ。

食後。
美奈はどうすればいいか迷った。
(成り行きでお昼いただいちゃったけど……。
これからどうしよう……。)
「美奈ちゃん……そろそろ帰る?」
「あっ……はい!」
美奈は少し悲しく感じた。
誠実そうで、話していて楽しい建と別れるのが少し、辛かったのだ。



「ただいま〜……」
返事はない。
美奈は玄関をあがり、自室に入った。
美奈の家は、両親が離婚。
美奈は母に引き取られたが、生活は苦しかった。
母は、美奈に楽をさせようと必死に働いた。
しかし、お金は貯まらない。
母は……ついに夜の世界に踏み込んだ。
離婚して4年……。
母は、12時を過ぎても、時には一晩中帰らないこともあった。
美奈は、ため息をついた。
「母さん……。」
いつ家に帰っても、一人。
13歳の少女には辛いことだった。
「ふぇ……。」
美奈は寂しさの余り、泣き出してしまった。
いつも、我慢していた。
しかし、今日は建の優しさに触れ、我慢できなくなった。
「母さ……ん。」
涙が次から次へと流れてくる。
ふと、建のことが思い浮かんだ。
「建さん……。優しい人だったな……。」
美奈はふと、電車での出来事を思い出してしまった。

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