青春の陽炎
横尾茂明:作
■ プロローグ1
教室の窓から晩秋の光が、マサルの横顔を照らしていた。
しかしその横顔は、明るい光とは逆に憂鬱に曇っている。
マサルは、朝出かけに母親からひどく叱責された。
マサルは今年高校3年であり、来年は早稲田を受験するつもりでいたが……。
先週の終わりに、塾の講師に
「もう少し手堅い私大を選んだ方がいいのでは」
と言われ、この件を同塾に行っている孝の母親がマサルの母にもらしたらしく、昨夜から母は大荒れなのである。
マサルの母は御多分にもれずの教育ママであり、他人から息子の体たらくを知らされた事で、今朝も出かけに、厳しくこれからの勉強方法を教示したのであったが……。
マサルは話半分で、家を飛び出して来たのだった。
背中で
「寄り道しないで早く帰ってらっしゃい!」
と母のヒステリックな声を聞きながら、マサルは自転車に飛び乗った。
「出席を取ります」
の声にふと我に返り、声の方を向いた。
美しい人……、眩しい程の美しさ……、この世にビーナスと形容するものが有れば、それは目の前の由紀先生ではないかとマサルは思えた。
朝日に照らされた先生の姿はキラキラ輝き、憂いを含んだ眼差しと首から二の腕にかけての淡い白さ、肌の木目細かさは、全体の透き通るような印象を、神々しいまでに輝かせていた。
マサルは1時間目のホームルームを、朝の憂鬱を忘れたいがためか、目は憧れの由紀先生の姿を追い続けていた。だから内容は殆ど聞いていなかったと言える。
「マサル君!君の意見はどうですか?」
の声で我に返り……、先生を凝視した。
「あのー、なんの意見?」
……このマサルのトンチンカンな返答に教室中がドッと沸き、ついで孝の
「また見とれていたのかー!」
の言葉で、教室中に笑いがさらに広がった。
先生は先ほどまでの優しい顔から少し厳しい表情になり、
「皆さん! 静かに」
「マサル君! これが終わったら職員室に来て下さいね!」
1時間目のチャイムが鳴り、教室中の皆に揶揄されながらマサルはトボトボと職員室に向かった。
由紀先生は、職員室の入口近くの席であり、眼鏡を掛けて書類に目を通していた。
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