青春の陽炎
横尾茂明:作

■ 片思いの少女2

 マサルは自分の部屋に入ると鞄をベットに放り出し、どうしたものかと思案する……。
敏夫に…、きょう会うことが、もし母親にバレたら、ただでは済まない、行かなければこれもまた危険……。敏夫は幼稚園のころからの幼馴染みではあるがどこか危険な雰囲気を持つ奴であり、現に今までに数度の補導歴が有った。

 マサルの母親は敏夫とは絶対に遊んではならぬと、今まで何度となくマサルに言い聞かせたものではある……。が、マサルはこの敏夫の危なさが妙に気になるというか自分には無い「男」を感じるのである。が、最近はその粗暴さがいずれか自分にも向けられるのではという危うさをも同時に感じていた。

 物思いに耽りながらマサルはいつしか眠ってしまった。
何かの物音で目が覚め、時計を見ながら
(行くか…)
諦めたように自身でうなずいた。
マサルは私服に着替え、階下に降りて行った。

 台所には、いつしか帰っていた母親が冷蔵庫を開け、買ってきた物を詰めている。
マサルはとっさの言い訳も見つからず、思わず、
「亨君ちで宿題をやってくる」
と母親の背中に声を投げ掛けた。

 亨は学校きっての秀才で東大を目指している。マサルの母は亨と仲良くなっていくマサルには目を細めて喜ぶところが有った。

 母はマサルに、
「亨さんとこ、この時間にお邪魔したら迷惑じゃないの」
「亨は今日一人だから、数学を付き合ってやるんだ」
とマサルは出任せを言った。
案の定、母は
「それじゃあ亨さんにはちゃんとお勉強を教えてもらいなさいよ!」
とニコニコしながら財布から3千円を出し、これでお弁当でも買って亨君と食べなさいと言った。

 マサルは玄関を出た時、心に微かな痛みを感じたが、咄嗟に出た嘘が効果的だった為、痛みを相殺した形に思わず自転車に飛び乗った。

 外は晩秋の様相を見せ、並木の銀杏は今を盛りと黄金のカーテンで飾り立てていた。
家路に着く人々が夕暮れの街を思い思いの方向に急いでいる。

 マサルは時計を見ながら、7時を少し回っているのに気付き思わずペダルを漕ぐ足に力を入れた。

 敏夫の家に着いたのは、約束の時間を40分も回っていた。
敏夫んちの玄関は明かりは消え、人気は全く感じられなかった。

 玄関横の盆栽も手入れの無い、荒れた様相を呈している。
マサルは何故か急に不安な思いになり、帰ろうと思った…。しかし敏夫がもし帰っていたなら、後日どんなイジメに遭うかを恐れ躊躇しながらそっと戸に手を掛けた。

 戸は静かに開いた……。鍵は掛かっていない……。
中は暗く、人の気配は感じられない…やっぱり留守かと思い踵を返すその刹那、くぐもった若い女の声が奥から聞こえた。
マサルは一瞬躊躇したが、一人ぼっちの敏夫の家に、いるはずもない女の声……!

 マサルはその声で去年の夏の狂おしい出来事を思い出した。

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