青春の陽炎
横尾茂明:作

■ 奸計4

「先生!血がでてます」
の声で、由紀は改めて、先ほどの恐怖を思い出すと共に、肘の痛みを鋭く感じた。

「先生、俺の家はすぐそこだから、病院に行く前にとりあえず応急処置をしましょう」
と言いながら敏夫は家の方角を指さした。
敏夫の指をさす仕草に、由紀は誘われるように
「ハイ」
と言ってしまった。

「ただいまー」
敏夫は玄関を開けながら快活に、少年らしく奥に向かって叫んだ。
少し待つ振りをし、敏夫は…まだ帰ってないのかな…と独り言のようにつぶやいた。

 由紀は敏夫の母親が出てくるものと思い佇んでいると、敏夫は
「母は買い物に出てる様ですから、とりあえず上がって下さい」
と言った。
由紀は、
「お邪魔します」
と言いながら靴箱の付近に目をやった…。
女として妙な違和感を感じた、整理の欠片もない荒れた感じ…。
女の直感…それは一瞬の感覚であり、敏夫のどうぞの声で消えてしまった。

 由紀は敏夫に続き、案内されるように奥へと進んだ。
その奥に、由紀にとって今までの幸せを、奈落の底に突き落とす、淫らな奸計が待ち受けているとも知らず……。


 帰省するはずの娘から何の連絡もないまま3日が過ぎようとしていた。
由紀の母は、心配になり何度も娘のマンションに電話を掛けたが…、毎度の留守電のメッセージが繰り返されるばかりである。

 きょうはとうとう学校にまで電話をしてしまった、応対に出た体育の教師は、白石先生は10日後の補習授業まではお休みと聞いてますよ。
と知らぬ風、これ以上の質問を投げかけるのは娘が何でも無かった時に妙な勘ぐりを誘発するばかるであり、危険と考え早々に電話を切った。

 3時を過ぎたとき、白石家に一通の葉書が届けられた。
明らかに由紀の筆跡である、手紙の内容は、急に旅行に誘われ北海道に行きます。
お盆に帰省出来なくなりごめんなさいと、内容はいたって簡潔である…。

 夜、父親は手紙を見ながら「好きな男でも出来たか」と、ため息混じりにボソっと呟いた。
母は、そんな娘では無いはず!、第一電話でなく手紙というのは余りにも自分勝手な振る舞い、やはりおかしい…。
「電話すれば、お前がやかましいからな」
……もーお父さんたら!。
で結局はしばらく様子を見ようと言うことで、話は落ち着いた。


「先生こちらです」
と敏夫は先に立って由紀を案内した。
敏夫は奥のとある部屋の前まで案内すると
「母が帰るまで僕の部屋でくつろいでいて下さい」
と言いながら部屋の扉を開けた。

 敏夫は扉を明けるなり、由紀の背中を強く押した…由紀はもんどうりを打って部屋の中に転げ込んだ。
由紀は胸を炬燵の角にしたたかに打ち、息も継げない程の激痛に呻いた…。
「と…敏夫君…何するの…」
と言いながら顔を後ろに向ける刹那…腹部に足蹴りの衝撃を受け由紀の意識は薄れて行った。

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