可憐な蕾
横尾茂明:作

■ 捨てられた少女1

眼鏡を外し眉間を強く摘んだ、時計はもう12時を廻っていた。

(今日はこのくらいにしておくか…フーッ疲れたぜ)
(しかし…このクライアントのデタラメ加減にはまったく呆れるぜ…)
(俺にどうカイザンしろって言うんだ、ったく)

書類を乱暴に閉じて部屋を見渡す。
剛史は先月の初め、部屋の一室を改装し会計士の事務所を開業したばかりであった。
しかしクライアントの殆どは風俗関連であり…まともな企業は一社も無かった。

(ハーッ…もう少しまともなクライアントを探さんとなー)
(しかし…俺の様な出来の悪い会計士に客が付くだけましと言うものか…)

(んー、儲けたら…都心に近いところで事務所を借り…)
(可愛い事務員なんか置いて…)

(ケッ! なに夢見てんだろ…アホラシ)

照明のスイッチを切り、台所に向かう。
冷蔵庫を開け缶ビールを取る、足で扉を閉めながらプルトップに指をかけたとき居住側玄関のチャイムが鳴った。

(客ってことはないよな…こんな時間に誰だろ? …ったく)

剛史は壁の時計を見ながら首を傾げた。

開けかけたビールをテーブルに置き玄関に向かう、上がり框を降りサンダルをつっかけて玄関扉横のインターホンを押した。

「どなた?」

「俺、今田…」

(今田? …こんな時間に何の用だ…)
(まさか…金の無心じゃねーだろうなー)

剛史は一瞬躊躇するも無言で玄関の鍵を廻し扉を開けた。

今田は玄関灯に照らされ沈鬱な表情で佇んでいた。

「お前…こんな時間に何なんだ?」

「あぁ…悪い、ちょっとやばいことになっちまってさー…」
今田は言いながら玄関外の路地をキョロキョロうかがう。

「ったく、しょうがねーな…まっ、中に入れや」

今田は再度周囲を探る様に見回してから…怯えた表情で玄関に入ってきた。

「まー上がれや」

「いや、今日はいいんだ…まず俺の話を聞いてくれないか」

「フン!、こんな時間に来るなんざ…どうせヤバイ話しなんだろうが」

「………」
「俺…例の件、やっぱりうまくいかなくて…えらい額の不渡り出しちまって…」
「先週からホテルを点々と渡り歩いて逃げてんだ、債権者がしつこくてさー…」

「おまえ…まさかあの闇金だけは借りちゃいねーよなー」

「それが……やむにやまれず」

「バカヤロウ! 俺があれほどヤバイと言ったのに…ったく何考えてんだお前は!」
「相手はヤクザだぞ、逃げ切れるとでも思ってるのか」

「ああ…奴ら血眼で捜してるんだ、駅も空港も網が張られていてな…」
「それで…お前に頼みがあって来たんだよ」

「金なら無いぞ! それよりお前に貸した300万、それを返すのが先だろー!」

「いや…金じゃない…実はちょっと言いにくいんだが…」
「俺の子供を少しの間、預かってくれないか」

「子供って…前の女房の連れ子か…」

「ああ…逃げるにも子供がいちゃ…何かと足手まといでさー」

「お前ってヤツは…何て勝手なヤローなんだ!」
剛史は呆れた、昔からいい加減なヤツとは思っていたがこれほどまで腐っていたとは。

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