可憐な蕾
横尾茂明:作

■ 夏の盛り3

授業が終わり少女は校門を出た。
由紀は部活のため…沙也加の下校はいつも一人である。

「君…」
後ろから呼び止められて少女は振り返った。

見知らぬ上級生二人が何か言いたそうに立っている。

「何でしょうか?」

「お前言えよ!」

「チェッ、また俺かい…」

「沙也加…ちょっと僕たちについて来てくれないか…」

「どこへ…」

「まっ、黙って付いてくれば分かるさ」

「そんな…」
「イヤです」

「オイ、下手に出てる内に言うこと聞いてた方がいいぜ」
長身の男の声音が急に変わった。

知らぬ間に手には黄色いカッターナイフが握られていた。

少女は辺りに助けを求めるように目を泳がしたが…人影は全く見あたらなかった。

「さー、こっちに来い」
少女は肩を乱暴に掴まれ、校舎裏に続く細道に誘導された。

口中が乾き目の前が白く濁っていく…そう…あの自殺を決めたときと同じ怯えの感覚。

これから何をされるんだろうと考えたとき…身を絞られるような恐怖で体が強張り…全身が無様に震えだした。

細道の先に古ぼけた小屋が見えた。
周囲は煉瓦塀に囲まれ、逃げ道は何処にも無かった。

長身の男が先に歩き小屋の扉を開けた。
そして、後に続く男に背中を強く押され、つんのめるように少女は小屋内に放り込まれた。

すぐに外から扉が閉められ、鍵がかけられる音が聞こえた。

少女は扉にとりつき、開けようとしたが…扉は微動だにしない。

足音が遠ざかっていく…
この不意に起こった出来事…少女は今自分の身に降りかかった災いが全く理解できないでいる。

体中が奇妙に震える。
ついにはめまいでその場に座り込んでしまった。

真空の時間が流れる…。
少女は必死で考えている。
(あの人達…3年生だった…)
(まだ一度も会ったことのない人たち)
(私はまだこの学校に来て1か月しか経たない…)
(誰かに恨まれる…ううん…極力目立たないようにしてきたつもり)

(何かの間違い…そう…これは何かの間違いよ)
めまいは次第におさまり、視界がはっきりしてきた。

少女は立ち上がった。
そして辺りを見渡す。
ボールやバットが散乱し、古びた体操マットが敷かれその向こうには跳び箱が並んでいた。

どうやら昔使われていた体育倉庫だろう。

少女は明かりにつられるように天窓を見る、逃げ道はあの窓しかないと分かるが3mもの上…。

(届きそうにもない…)

携帯電話さえ有ればと思うが…この中学では禁止されていた。

(閉じこめられたんだ…)
少女は昨夜読んだイワンと自分が重なったような気がした。

(このままここで…わたし餓死するの?)
またもやブルっと震える。

(間違い…? でもあの人達、私のことを沙也加と言った)
(間違いじゃない…私と知っててこんなひどいこと…)

(分からない…わからないよー)

少女はこの一か月に起こった様々なことを想い返してみた。
(生徒との関わりごと…3年生…男子…)

(あっ!、石田徹)
(由紀ちゃんが今朝言ってた…)
(もう狙われてるのかもしれないよ…って)

天窓の明かりが陰り始め、暗闇が少しずつ広がっていく。
そんなとき…人の声が微かに聞こえた。

「ガチャ」扉の鍵を操作する音…。

少女は身構えた。

ガラっと音がし…ヌッと男子生徒が一人入ってきたが、逆光に生徒の顔は判別できない。

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